才能

【2】

「相変わらず、活気が凄いな」
「恐れ入ります」
闘技場を一望出来る、VIPルーム。
そこに現れたオーナーを、部下らしき男がいつもの如く出迎えた。

「確か、ヒメカ・・・だったか」
「はい。姫に華と書いて"姫華"です」
オーナーは、下の闘技場で闘っている姫華に目をやった。

「一回り身体が大きくなったようだな」
「さすがはオーナー。その通りで御座います。彼女はまだまだ成長期。その成長は留まる事を知りません」
部下の男は内心、喜びを隠せなかった。

本来、オーナーは箸にも棒にも掛からないような選手の名など覚えない。
非合法の地下カジノにおける闇格闘技試合。
無論、賭けの対象になる以上、表の世界のように判定負けなど存在しない。
負ければ五体満足で済むはずも無く、初陣即引退なんてのもザラだった。
高いファイトマネーに釣られてやってくる選手は後を絶たないだめ、自然と選手の代謝は早くなる。
そして、その中で勝ち続けられる者こそがスター選手と成り得る。

オーナーが選手の名を覚える。
それは、プロモーターとして自分が見出した選手にお墨付きを貰ったようなものなのだ。


あれから三ヶ月。

姫華は無敗なのは勿論、怪我を負うことすら皆無だった。
本業が小学生ということもあり、試合の頻度は決して多くはなかったが、
愛くるしい童顔と、それに似つかわしくない凄まじい筋肉ボディ。
そして、技なんてものが必要ないぐらいの、圧倒的なまでの怪力。
対戦相手の致死率が95%、残りの5%が再起不能というのも当然の結果だった。

「一度、おイタをしたようだが、それもまた武勇伝・・・か」
「申し訳ありません! そのことについてはよく言って聞かせましたので、同じ失敗は・・・」

このプロモーター、名を黒田という。
この黒田という男、オーナーからこのカジノに於ける闘技場を一手に任されていた。
そういう意味では、プロデューサーであり、プロモーターであり、スカウトマンでもあった。


黒田が姫華を見付けたのは、本当にただの偶然だった。
街の外れの飲食店、その路地裏。そこで姫華は残飯漁りをしていた。

当時、彼女は十歳の小学四年生だった。
小学生にしては少し身長が高いという程度で、それほど目立つ体型では無かった。
むしろ、痩せ細っているぐらいだったのだが、
腕や脚に小学生には似つかわしくない筋肉が付いているのが気になった。
姫華に訊いてみると、体育の授業以外での運動経験は全く無いという。
身体を鍛えたことの無い小学生、しかも女子の腕にあんなにハッキリと力瘤が盛り上がるだろうか。

「何故、君みたいな女の子がそんなことをしているんだ?」
一見すると、"宿無し"というわけではなさそうだった。

「食べても食べてもお腹が空いちゃうの・・・」
一日三食、どれだけ大盛りのご飯を食べても満腹にならないという。
医者に診てもらったら、筋肉の付き易い体質なだけだ、と言われたらしい。
しかし、この無尽蔵の胃袋は、次第に家計を逼迫していった。
元々、裕福でない家庭の上に自分のこの体質の為に食費が嵩み、両親も遂には養えないと姫華を施設に捨てた。

そこを黒田に救われたのだ。


黒田の読みは正しかった。
直ぐに身元引受人になると、姫華の望むままに食事を与えた。
すると、水を得た魚のように、姫華の身体はずんずん急成長を始めたのだ。
食べた物が無駄なく、全て血肉に変わる。正にそんな感じだった。

それからたった二年で、身長は180pを超え、体重は100sを超えるまでになった。
ウェイトトレーニングなどの人為的な鍛錬は一切行っていないにも関わらず、体脂肪率は一桁だった。
腕には山のような力瘤が、お腹には彫刻のような腹筋が、食べる度に自然と形成されて行く。
黒田は、神が姫華に齎した天賦の才能の凄さを思い知った。


最初、身体が出来上がって来た頃合いを見計らって、打撃やレスリングの技術を叩き込むつもりだった。
しかし、ミット打ちをやれば、ミットごとコーチをK.O.し、
組み技を練習すれば、相手が耐え切れず、骨折させてしまう。

「姫華、もう少し加減しろ。これだと、練習相手が何人居ても足りない」
「え〜。 でも、手加減したら練習にならないよ〜」
「・・・!」
確かに、素人が技術を覚えようというのに手を抜くのもおかしな話だ。
元より、天賦の才の前では、人の手による技術という装飾など、無意味なのかもしれない。


そして、約一ヶ月前。


「どうだ姫華、調子は?」
「あ、パパ・・・じゃなかった。えーっと・・・黒田さん」
「いい加減、外での呼び方を覚えてくれ。部下に示しが付かん」
「・・・ごめんなさい」
姫華はペロッと舌を出してはにかんだ。

黒田の意向で、これまで姫華にコーチが付くことはなかった。
衣装のスタイリストが試合前に付くぐらいで、それ以外の雑事は全て黒田自身が請け負っていた。
黒田は、闘技場を一任されているということもあり、多忙な男だった。故に、部下も多い。
しかし、忙しい身を差し置いてでも、姫華は黒田自らが担当したかったのだ。
それだけ、黒田は姫華に惚れ込んでいた。

一方の姫華も、恩人であり、仮初めとはいえ父親になってくれた黒田には心を開いていた。
黒田が喜ぶのであれば、試合とはいえ対戦相手を殺すことも厭わなかった。


「調子はいつもと変わんないよ」
姫華は、マイペースなところがあった。神経が図太いとも言える。
しかし、そうでなければこんなところで闘えないだろう。

今回の相手は上位ランカーの総合格闘家ハリス。かつては表舞台で慣らした猛者だ。

コンコン。

その時、控え室のドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けて入って来たのは、何とその対戦相手の男だった。

「何だ、こんなところに居たのかMr.クロダ。
 プロモーター自ら、こんな小娘のマネージャーをやってるってのは本当だったんだな」
「何の用です、ハリス? あなたの控え室はこちらではないはずですが・・・」

「いや、そこの小娘にちょいと挨拶でも、と思ってね」
ハリスから、姫華を値踏みしてやろうという空気がありありと感じ取れた。

「試合前に対戦相手同士の接触は厳禁です。直ぐに自分の控え室に・・・」
「黒田さん、少しなら良いんじゃないですか〜」
一方の姫華からも、ピリッとした空気が感じられ、気圧される。

「何だ、嬢ちゃん。話がわかるじゃねぇか。まあ、今日はよろしく頼むわ」
そういって、ハリスは右手を差し出した。ただの握手・・・で済むはずが無い。

「よろしくでーすっ」
しかし、姫華は何の疑いもなくそれに応じてしまう。

ギリギリ・・・

「・・・・・?」
「・・・へへっ」
ハリスの口元が釣り上がっている。恐らく、力を入れて握力比べでやり込めるつもりだろう。

ギリギリ・・・

「・・・・・?」
「・・・んんっ、くそっ!」
しかし、力むハリスをよそに姫華は涼しい顔をしている。

「あのー、いつまで握手してれば良いんですかぁ?」
既に、握手をしてから数十秒が経過していた。

「・・・あっ! もしかして、これって力比べだったんですか?」
何と、姫華はハリスの握力どころか、握力比べという意図にすら気付いていなかったのだ。

「じゃあ、ぎゅ♪」
姫華の右手が一気に閉じられる。

バキボキッ! バキッ!!

「うがあぁぁ〜〜〜っ!!」
ハリスの悲鳴。

「馬鹿! 少しは加減しろっ!」
「あ、あれ? 少ししか力を入れてないはずなのに・・・」
当の姫華も、嘘を吐いているわけではなく、本当に加減したつもりだったようだ。

「・・・まさか」
黒田は今、ようやく気付いた。
姫華は、実は手加減をしないのではなく、"手加減が出来ない"のだということに。

食べるごとに日に日に筋量が増え、強靭さを増して行く姫華の肉体。
姫華自身の力感覚が、その肉体の進化スピードに付いて行けないのだ。

自転車から自動車に乗り換えたつもりが、実際に乗っていたのはF1だった。
例えるならそんな感じだろうか。

日常生活で普通に過ごすだけなら、慣れもあって問題ないだろう。
しかし、鍛えた相手を怪我させずに痛め付ける、そういった細かい力加減がまだ出来ないのだ。
今回の状況で言えば、姫華は50s程度の力で握ったつもりが、
実際のハリスの手に掛かった荷重は100sを軽くオーバーしていた、そういうことなのだ。


結局、最終的に試合は延期。

試合延期の要因となったハリスの怪我は、双方に責があるとして、
二人とも違約金を支払う形でその場は収まった。


「・・・そして、今日の相手がその因縁のハリス、というわけか」
「誠に申し訳なく・・・その場に居ながら、監督不行き届きでした」

「ふん、まあ良い。試合延期の理由を公にし、因縁の対決を煽った結果、超満員。
 転んでもタダでは起きないところは何ともお前らしい」
「恐縮でございます」

「・・・しかし、事前に煽った割りには一方的な結果になったな」
「一ヶ月前に試合をしていれば・・・いえ、それでも結果は変わらなかったでしょう」
姫華の肉体の進化スピードは驚異的だ。たった一ヶ月違うだけそのパワーは段違いなのだ。
しかし、黒田は思い返していた。
一ヶ月前の時点で既に、姫華はハリスの敵う相手ではなかった。
違うとすれば、一ヶ月前にやっていれば試合時間が多少長くなった、その程度だろう。

黒田は窓から下のリングに目を見やった。

リング上では丁度、ハリスがベアハッグで二つ折りにされ、程なく試合を終えた。


つづく





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