才能

【3】

「おはえりなさい〜」
「いつも言っているが、食いながら話すんじゃない」
黒田が帰宅すると、姫華は食事中だった。
姫華にとってはその日、7回目の食事になる。

食卓には数々の食品が所狭しと並んでいた。
特大のステーキに、大盛りのスパゲティ。魚の姿焼きにサラダ。
高タンパク高脂肪といういわゆる、高カロリーに拘ることなく、姫華がその時に食べたいものを食べたいだけ食べる。
そうやって姫華自身の自然な欲求を満たすことによって、その身体は作られて来たのだ。


「まあ、食べながらで良い。聞いてくれ」
「何、改まって。どうしたの、パパ?」

「オーナーが死んだ。正確には殺された」
「うそ。・・・・・! もしかして」

「お前の言いたいことはわかるが、残念ながら俺じゃない。恐らく、殺ったのはT組の鉄砲玉だ」
元々、あの闇カジノの経営にはS組が関わっていた。バックに付いていると言っても良い。
そして、そのS組とT組はシマが隣接しているということもあり、
縄張り争いで小競り合いも多く、ここ最近も冷戦状態にあった。
S組の幹部でもあったカジノのオーナーが、本格的な抗争開戦の狼煙として殺された、というわけだ。

「あのオーナーは、何れは俺が蹴落として成り上がるはずだったんだがな。予定が狂った」
「どうして? パパが殺っちゃう手間が省けて良かったんじゃないの?」
あのカジノで、死んだオーナーの次に偉いのは黒田である。
空席が出来れば、必然と次点者が成り上がる。姫華がそう考えるのも自然なことだった。

「S組はカジノの経営を俺に任せる代わりに、いくつか条件を提示して来た」
「条件?」

「一つは、二分八の盃を交わすこと。そして、もう一つは抗争に使える腕の立つ兵隊を何人か用意すること」
"盃を交わす"とは、S組と親分子分と契りを結ぶということだが、実はその盃にもいくつか種類がある。
これが兄弟盃なら、五分五分の関係を指すのだが、S組が黒田に打診したのは"二分八の盃"。
黒田が利益を上げた場合、S組が八分、つまり80%の取り分とし、黒田の取り分は残りの20%となる。
黒田自身は、S組との繋がりは無い。黒田自身は有能だが、S組にとっては外部の人間。
それを取り込もうというわけだ。

「カジノの経営を任せる代わりに、S組の下に付けということだ。俺のことを弾除けにでもするつもりなんだろう」
「・・・・・。兵隊さんはどうするの?」

「俺が闘技場を一手に仕切っていることは当然、奴らも知っている。要は、そこから何人か駆り出せ、ということだ」
「・・・じゃあ」

「少なくとも、姫華。お前は心配要らない。カジノでも、俺とお前はあくまでプロモーターと選手で通して来た」
黒田はオーナーの前ですら、姫華の身元引受人になったことなどは一切、明かしていない。
オーナーも含めたカジノにとって、姫華はあくまで黒田が手配した選手の一人に過ぎない。
黒田が徹底して姫華のマネージャーを勤めたのも、そういった理由があったからだった。
勿論、姫華の才能に黒田が惚れ込んだ、というのも嘘ではない。

「だが、暢気に構えている時間も無い。盃を打診して来た以上、S組も既に俺の身辺調査をしているかもしれない。
 そうなれば、何れはお前との関係もバレる。そうすれば、今までの苦労が全てパァ、だ」
黒田は、両手を広げて仰々しくポーズを取った。

「確かに、俺は・・・姫華、お前みたいな小学生をこんな裏の世界に引き擦り込んだ外道だ。
 しかし、闘技場は血みどろとはいえ、純粋な力のみの世界だ。
 だが、侠気の失われた今の裏社会は、金に塗れた大人の、只の醜い権力争いの場でしかない。
 醜い欲のせいで鉛玉やドスが飛び交う、そんな斬った張ったの世界にお前を巻き込むのは本位じゃない」
「・・・・・・・・」

「何を今更・・・と思うか?」
「ううん。パパが拾ってくれたから、私はこんなにご飯一杯食べられるんだよ♪」
姫華は、小学生らしい満面の笑みを浮かべた。

「こんな時にご飯、か・・・ふ、そういやお前はまだ十二歳だった、な」
黒田は、姫華の身体に目を見やった。

姫華は、家ではスポーツブラにショーツという極めてラフな格好をしていた。
食べた物の内、脂肪分の9割がバストに、残りが筋肉と共に全身にくまなく、といった感じで形成された極上ボディ。
特注された伸縮性のあるスポーツ系下着であるにも拘らず、3ヶ月足らずでサイズが合わなくなる。

日に日にボリュームを増す姫華の肉体は、とても十二歳児のそれではなかった。

「そこで、だ。姫華、お前は3年ほど海外に留学しろ。将来、何になるにせよ、語学は見に付けておいて損は無い」
「・・・どういうこと?」
姫華の顔色が変わる。

「真っ当に娑婆に戻るなら今しかない、ということだ。帰って来るまでには経歴を洗っておいてやる。
 そうすれば、闘技場で闘っていた過去を気にすることなく、好きなことが出来る。
 もしくは、向こうで何かしらの道を見付けても良い」
黒田は、姫華の将来にとって闘技場での経歴は足枷になる、と考えたのだ。

「S組の盃は、受けても受けなくても、どちらにしてもお前の状況は悪くなる」
盃を断れば、今の地位を失うことになり、姫華の処遇も他人の手に渡ることになる。
ご丁寧に選手の契約書には、辞めるには"契約者及び選手双方の合意が必要"とある。
言い換えれば、カジノ側が許可しない限り、辞めることは許されないのだ。
今までは、黒田が契約者側だったから問題は無かった。
しかし、黒田が闘技場責任者の地位を降ろされれば、必然的に姫華は後任の手に渡る。
それは、抗争に兵隊として駆り出されることとほぼ同義だった。

また、盃を受ければ当然、不利な盃である以上、S組の命があれば矢面に立たなければならない。
つまり、今この瞬間に解雇でもしない限り、何れは姫華も抗争に巻き込まれることになる。

「私を・・・捨てちゃうの・・・?」
姫華は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「そうじゃない。これは、お前のためなんだ」
「私はそんなこと望んでないよ。そういうの、"自己満足"って言うんじゃないの?」

「一体、どこでそんな言葉を覚えたんだ。ああ、食費の心配をしているのか?
 それなら、大丈夫だ。お前のファイトマネーはまだまだ貯蓄がある。
 食費は凄いが、それ以外ではお前は一切、手が掛からないからな」
姫華は、食事量は凄いものの、コーチを付けていないし、トレーニングジムに通ったりということもない。
食費以外で姫華に掛かる経費は微々たるものだった。

「ご飯ってね、好きな人と一緒に食べるのが美味しいんだよ?」
ガタッと姫華が立ち上がる。いつの間にか、大量の食事は綺麗さっぱり平らげられていた。

「私は一日に何度もご飯食べるけど、一番美味しいのはパパが一緒に居る時なんだよ?」
姫華は、スタスタと黒田に歩み寄る。
姫華の爆乳が黒田に当たるか当たらないか、そのぐらいの至近距離だった。

黒田は決して背が低いわけではない。一般的な成人男性ぐらいはある。
姫華と比べると、身長差は約10p強といったところか。
しかし、こうして目の前に立たれると、姫華のボディの迫力は凄まじいものがあった。
爆乳以外は無駄な贅肉が一切なく、またボディビルダーとも違う、薄い脂肪を纏い、且つ巨大な筋肉。
これぞ、人には為し得ない、神が作り給うた超絶的なボディ。

「こういう駄々は子供らしいが・・・わかってくれ」
黒田は気圧され、生唾を飲み込んでしまいそうになるのを必死に堪え、平静を装おう。
それを知ってか知らずか、姫華は黒田の脇に手を入れ、軽々と抱き上げた。
まるで赤ん坊のように、黒田の身体が宙高くに浮く。

「おい、何のつもりだ!」
黒田は降りようと姫華の手を外そうとするが当然、黒田の力ではビクともしない。
しかし、それでも姫華はきちんと力をセーブしていた。本気であれば、とうに黒田の脇腹は握り潰されている。

姫華は今まで黒田に対してだけは、力加減に細心の注意を払って接して来た。
試合で興奮して、控え室のドアノブを握り潰すことはあっても、黒田の自宅で物を破壊することは先ず無かった。
勿論、黒田に怪我を負わせたことは只の一度も無い。

「ねぇ、私ってパパが思ってるほど子供じゃないよ?」
「・・・ぐ、ぐぁ」
姫華自身は力を入れているつもりはないが、感情の昂ぶりのせいか、黒田の脇腹に掛かる力は強まって行く。

「パパが私の将来のことを考えてくれるのは嬉しい・・・。だけど、自分の将来は自分で決めるわ」
「だから、その選択肢を・・・ぐぁっ」
ミシッ・・・と黒田は自分の脇腹が軋むのを感じた。

「パパと出会わなかったら、今の私は無かった。私は、今の自分に満足してる。
 でも、今が楽しいのはパパが側に居てくれるから。パパと一緒の生活が楽しいの!」
「もう、それが続けられなくなるって言ってるんだ!」
普段は冷静な黒田も、痛みでさすがに声が荒くなる。

「・・・じゃあ、今ここでパパを殺して私も死ぬ」
「・・・・・」
黒田は答えない。

「どうして抵抗しないの? ・・・私、本気だよ?」
「見初めた相手に殺されるなら、それも男の本懐だ」
ミシミシッ・・・と黒田の脇腹が更に軋む。

「十五歳も歳下の・・・小学生の女の子に殺されても良いの!?」
「ここで殺されるようなら、俺も所詮はその程度の男だったというだけだ」
姫華の顔が一瞬にして崩れ、泣き顔に変わる。

「うわあぁぁぁぁぁあん」
「お・・・おい、姫華」
さすがの黒田も、まさかここで泣かれるとは思わなかった。駄々が通らず、感情のままに泣いてしまったのだ。
身体がいくら成長していても、心はまだ十二歳なのだ。
しかし、成人男性の黒田を軽々と抱え上げながら、筋肉隆々の小学生の女の子が泣きじゃくる。
それはある種、異様な光景だった。

「ませてるようでも、やっぱり子供・・・か。姫華、わかったから降ろせ」
「うわあぁぁぁぁぁ〜〜ん」
泣き止む気配は無い。

「留学しろなんて言わないから、降ろしてくれ」
「・・・うぇ? ホント?」
涙と鼻水で顔がグチャグチャになりながらも、姫華は泣き止んだ。

「現金な涙だな。良いから、取り敢えず降ろしてくれ」
「約束してくれなきゃ、ヤダ」
脇腹への圧力は完全になくなっていたが、それでも自力で降りることは出来そうになかった。

「ああ、約束する」
「やったー♪ じゃあ、降ろしてあげるね」
姫華はそっと黒田を床に降ろし、そして優しく抱き付いた。しがみ付く、といった方が正しいかもしれない。

「パパと離れるなんて嫌・・・」
「よしよし、わかった。もう離れろなんて言わないから」
姫華がまた泣き出しそうになるので、黒田は背中を擦ってやった。
これでもかと盛り上がるこんな大きな背筋を持つ少女が、自分の胸でグズッている。
そんな背中を擦ってやっている自分に、黒田は心の中で苦笑した。

「さすがにこんな子供を一人、海外に行かせられない・・・か。
 F1カーに子供一人を乗せて、車道に放り出すわけにはいかないしな」
黒田は自分に言い聞かせるように一人ごちた。

黒田がF1に例えたくなるぐらい、他に類を見ないほどの素晴らしい筋肉ボディ。
その中身は、いくら大人びているとはいえ、まだ十二歳なのだ。


「しかし、何か手を考えないと・・・な」
擦っている姫華の背筋の隆起を頼もしいと思う反面、
これからのことを思うと、黒田の表情は自然と険しくなって行った。


つづく





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