才能

【4】

「姫華。これからのことを話す前に、一つだけ言っておくことがある」
「何?」

「俺がお前を引き取ったのは、その"才能"に惚れ込んだからだ。お前自身に惚れ込んだわけじゃない」
「えー。でも、この"身体"も私自身だよ? ほら♪」
姫華は黒田の目の前で両腕で力瘤を作る。ダブルバイセップスのポーズだ。
今まで数多くの対戦相手を葬って来た、その両腕には巨大な球形の力瘤が盛り上がる。

「そ・・・それに、俺はロリコン趣味じゃない」
「"ロリコン"って小さい女の子を好きになることだよね? でも、私でもロリコンの内に入るのかなぁ・・・?」
そういって、今度は自分の手で自慢のバストを揉み始めた。

「そうだ! パパも触ってみればわかるよ♪」
何と、姫華はおもむろに黒田を両手を掴むと、自分のバストに押し当てた。
勿論、黒田は抵抗したが、通用するはずもなく。

「おい、放せ!」
「ダーメ。ちゃんと確かめて」
例えるなら、スイカ大の超特大マシュマロを触ったかのような、そんな極上の感触。
黒田は、これまで人並みに女性を経験して来たが、天然モノでここまで大きなバストは初めてだった。
自分の男の部分が反応しそうになるのを必死に抑える。

「わかった! わかったから、放してくれ」
「はーい」
ようやく、黒田は姫華のバストアタックから解放された。

「あっ。でも、そういえばパパと初めて会った時って私まだ小さかったような・・・」
黒田が見付けた時の姫華は、確かに背が高く筋肉質だった。
だが、その時はまだ充分に小学生の範疇だった。つまりは、ロリコンの範疇といえなくもない。

「うっ・・・確かに。何で、お前みたいなのを拾っちまったんだろうな」
「ひどーい」
姫華はプー、と不満で口を膨らませた。

「ちょっと筋肉質で背が高いだけの小学生の女の子を、血生臭い闇闘技場に立たせようって思ったんだからな。
 今思えば、あの時の俺は気がどうかしていた。"直感"としか説明のしようがない」
「あの時のパパは、私に何か感じてくれたってことだよね?」
姫華は一転して、期待と羨望で目を輝かせている。

「まあ・・・そう、なるな」
「だから、今の私があるんだよ。そういうの、"先見の明"って言うんだっけ?」

「だから、どこでそんな言葉を・・・。確かに、先見の明があったって意味では間違っていないが・・・。
 だが、本当にそんな"モノ"があれば、今ここでこうして苦労はしていない」
少なくとも今の状況は、黒田にとっては八方塞に思えた。

「だからこそ、だ。何か・・・そう、例えば命の危険があった時、お前の身を守るのは姫華、お前自身だ。
 試合のように決まった場所じゃなく、これからはいつどこで何があるかわからない。
 その時、必ず俺が側に居るとは限らない。その覚悟はあるか?」
殺されたオーナーは、身体中に銃弾を浴びてほぼ即死だったらしい。
黒田に付いて行くということは、そういう事態にも遭遇し得るということなのだ。

「もしかしたら、俺とお前が同時に狙われて、どちらかしか助からない。そんな状況にも出くわすかもしれん。
 その時、俺はお前を見捨てる。だから、お前も俺を見捨てろ。これからの俺とお前はそういう関係だということだ」
姫華は無言で、しかし真剣な眼差しで黒田の話を聞いていた。

「私は・・・例え、パパが私を見捨てても、私はパパも、そして私自身もどっちも助けるよ!」
姫華はニコッと笑って、今度は右腕だけで力瘤を作って見せた。

「姫華。あのな、俺は真剣な話を・・・」
「私も真剣だよ。私にはそれが出来る"力"があるもん」
右腕に作った力瘤を左手で指差し、誇らしげに強調した。

「姫華、お前にとって俺が拾ったことが始まりなら、最後まで面倒見るのも男の甲斐性・・・か」
「パパの邪魔をする奴は、私がみんな殺してあげる」
今まで、恐らくは対戦相手にしか向けられて来なかったであろう、姫華の冷たい微笑。
それを初めて間近で見た黒田は、十二歳とは思えないその雰囲気に、背筋に薄ら寒いものを感じた。
これまで何度か感じたことのある肉体的な圧力とは違う、昏い瘴気を纏ったかのような佇まい。

黒田は、改めてこの少女は底が知れないと思った。

「それで、盃はどうするの?」
「受けるしかない・・・だろうな。三十までは堅気で居たかったが、な」
一度、"その道"に入ってしまったら、もう後戻りは出来ない。

「だが、二分八のまま受けるつもりは無い。出来れば親子盃、最低でも五分五分の兄弟盃だ。
 俺には姫華、お前っていう強力無比な手札があるんだ。ここは強気で行く」
親子盃とは組長、つまり組織そのものと契りを交わし、組織の一員となることをいう。
一方、兄弟盃とは組員、人との契約のことだ。つまり、盃を交わす明確な"相手"が居る、ということになる。

「・・・? どういうこと?」
さすがの姫華も、盃事に関しては全く理解が及ばない。


黒田に盃を打診して来た相手は、死んだオーナーの兄貴分でもある、S組若頭の須藤という男だった。

弟分が殺されたにも関わらず、黒田を弾除けに仕立て、自分は利益だけを貪ろうとする器の小さい男だった。
あのカジノは黒田の働きもあり、大きな利益を上げていて組のシノギの大半ともいえる存在だった。
T組もそこはわかっていて、そこを崩そうとオーナーを的に掛けたのだ。
須藤は、自分がそのままカジノオーナーの後釜に座れば、何れまた的に掛けられる、と考えたのだ。

「つまり、だ。姫華、お前を連れて他に行く、とでも言えば良い。勿論、他のスター選手も連れて・・・な」
「そっかー。それにパパが頑張ってるからこそ、あんなにお客さんも入るんだもんね」
実際、黒田が姫華や他のスター選手を連れて抜けてしまえば、カジノの売り上げが落ちるのは確実だった。

「後は、須藤の出方次第だな。強硬手段に出て来る可能性もあるから、他に部屋を借りて・・・」
「別々に離れて住むっていうのは無し、だよ」
姫華が、目に涙を溜めて黒田を睨み付けて凄んだ。

「あー、もう。わかった、わかった」
「それに、何かあるかもしれないなら、余計に一緒に居ないとパパを守れないし」
黒田は、降参とばかりに両手を挙げた。

確かに、姫華の言うことも一理あった。一人で居る時間が長ければ、それだけ襲われる可能性も高くなる。
勿論、それは襲われることが前提での話なのだが。


しかし、須藤の動きは黒田の予想以上に早かった。


数日後。

「須藤と直接会う日が決まった」
「いつ?」
例の如く、姫華は食事中だ。

「明日の晩に直接、迎えを寄こすそうだ」
「急・・・だね。私も行く」
さも、それが当然であるかのように姫華が答える。

「そうしたいのは山々だが・・・ダメだ。向こうは一人を指定して来た」
「そんな、絶対に罠だよ!」

「罠も何も、交渉をしに行くだけだ。須藤も、盃を交わそうという相手を殺したりはしないはずだ」
事実、須藤にとっても、黒田を殺してしまっては元も子もない。

「一応、お前に渡してある携帯のGPS機能で俺の現在位置は追えるはずだ。何かあったら連絡する」
「パパ・・・・・」
心配そうに見つめる姫華の頭を、黒田はよしよしと撫でてやった。

そして、翌日。

「大丈夫だ、そんなに心配するな。なぁに、ちゃんと"備え"もしてある」
心配する姫華をよそに、黒田は仕事に出掛けるかの如く、颯爽と出て行った。


それから、約一時間が経過した頃。ピンポーン、とインターホンが鳴った。
ドアの前に立つのは黒スーツにサングラスの男。姫華はインターホン越しに応える。

「誰?」
「姫華さん、ですね? ウチの若頭がお呼びです。ご足労願いたい」
若頭とは当然、須藤のことだ。

「どうして、私がここに居るのを知ってるの?」
ここは、"黒田"の自宅。履歴上、姫華の現住所はここではない、姫華もそう黒田から聞かされている。

「ウチの組をナメてもらっちゃ困りますよ。このぐらい、調べるのは朝飯前です」
S組は、既に黒田が姫華を自宅に囲っていることを把握していたのだ。
黒田の懸念は、早くも的中していたことになる。

「さぁ、参りやしょう。拒否、抵抗した場合は・・・・・お判りですね?」
さすがに、マイペースの姫華もこの時ばかりは顔が青くなった。何故、黒田を一人で行かせたのかと後悔した。
無論、姫華にとってこんな男一人、屠るのは訳無い。
しかし、ここから先は姫華自身の行動如何が即、黒田の処遇に直結する。
闘技場で自分自身の命を賭けて闘っている時よりも、遥かに大きな重圧を姫華は感じていた。

姫華は、目隠しをされ、後ろ手に手錠を掛けられた上で車に乗せられた。
一時間以上も車に揺られ、着いた先は大きな倉庫のような場所だった。

姫華は、パイプ椅子に座らせられ、ロープで身体を椅子に固定されたところで目隠しを外された。

「・・・う、ここは・・・」
そこは倉庫の中らしく、あちらこちらに荷物が積み上げられている。
そして、姫華の周りには十数人の男たちが居た。

「若頭、準備が整いました」
黒スーツが、携帯でそう言っているのが聞こえた。

程なくして、入り口の扉から須藤と思しき恰幅の良い小男が入って来た。
そして何と、その後に続いて入って来たのは黒田だった。

「なっ・・・! これは一体どういうことです、須藤さん!」
「ははは、まあ、慌てなさんな」
小男が答える。やはり、この男が須藤だった。

「盃を交わすのに、こんな倉庫まで連れて来たと思ったら・・・」
「何、ゲストを呼んだまでた。何なら、立会人ってことでも良いぜ? くくく」
須藤は下卑た笑いを浮かべた。

「お前さんが、とっとと俺と二分八の盃を交わしてりゃあ良かったのによ。
 兄弟盃にしてくれだと? 若造がナメてんじゃねぇぞ!」
「黒田さん。アンタはさ、調子に乗り過ぎたんだよ」
姫華を連れて来た黒スーツの男が須藤に続いた。この男、須藤の弟分で名を岡村といった。

「しかも、『看板選手を連れて他へ行く』だと? 言ってくれるじゃねぇか。・・・だが。そのアイディア自体は悪くねぇ」
「それは一体、どういうことです?」
黒田が聞き返す。

最初、須藤は自分の弾除けに、黒田を矢面に立たせるつもりだった。
しかし、そうしても自分の身の危険が無くなるわけではない。

「そこで、だ。俺がカジノの権利を手土産にT組に寝返れば、重要な資金源を失ったS組は弱体化。
 泥沼の抗争が一気に終結に近付き、その功績で俺は晴れてT組の幹部って寸法だ」
何と、この男。我が身可愛さに、親とも言える自分の組を裏切り、あまつさえ敵に寝返ろうというのだ。

本当なら黒田を生かしたままの方が、須藤も楽だった。しかし、黒田は須藤の言いなりにはならなかった。
それなら、黒田の死体を手土産に、ということだ。
後から、黒田は組の人間でカジノのオーナーだった、とでも言えば良い。死人に口無し、だ。
黒田をS組の人間ということにすれば、それを殺すことによって須藤の覚悟をT組に示すことにもなる。

「黒田、お前をバラした後は、この看板スターの姫華を手懐けりゃあ、済む話かと思いきや・・・」
須藤は姫華に目を見やる。

「まさか、既に囲い込んでいるとは、な。なかなか、手が早ぇじゃねぇか。
 お陰で、大事な看板スターを失わなきゃならねぇ」
そういって、須藤は懐から拳銃を出し、姫華に銃口を向けた。
如何に姫華が闘技場で無敵とはいえ、額を撃ち抜かれでもすれば命は無い。

「くそ! やめろ!!」
黒田が、姫華の前に立ち、須藤の前に立ちはだかる。

「パパ!!」
「あー、うるせぇ。お涙頂戴の三文芝居なんて今時はやんねぇぜ?
 お前を先に殺るとそこの女が暴れるだろうから、お前は後回しにするつもりだったが・・・」
須藤はヤレヤレ、という表情をした。

「兄貴。幾らそこの姫華が強いといっても、手錠にロープできつく縛ってあります」
岡村がそう、須藤に進言した。

「それもそうだな。なら、良いや。黒田、お前から死ね」
須藤の非情な宣告。

パン。パン。パン。

三発の乾いた銃声。

椅子に縛り付けられた姫華の足元に、黒田が仰向けに倒れ込む。胸部には赤い染み。

「パパ!? パパ!! パパ!!!」
姫華の叫びにも、黒田は応えない。

「さぁ、次はお前の・・・・・ん?」
須藤は、周囲の空気が明らかに変わったのを感じた。岡村や他の子分も同様だった。
命の遣り取りをしたことのある者だけがわかる、冷たい殺意。

メキメキ・・・バキッ!

ブチッ・・・ブチッ・・・ブチッ・・・ブチブチブチィッ!!!

「ひ・・・ひぃっ!!」
位置的に姫華の真後ろにいた子分は、その一部始終を見て、恐怖で顔を引き攣らせていた。
少なくとも、力んだようには見えなかった。

姫華はただ、後ろ手になっていた両腕を左右に引っ張っただけ。
姫華の手首に嵌っていた手錠の鎖は、熱された飴細工のように真ん中あたりで引き千切られ、
姫華の両腕を縛っていたロープは、まるで細い紙紐のようにバラバラに千切れ落ちた。

須藤も含め、姫華の周りの十数人の男たちは、あまりの事態に固まってしまった。
厳重に拘束していたはずの女が、何事もなかったかのように立ち上がっている。

「あんたたちみんな、グチャグチャに嬲り殺してやる・・・」
冷たく、昏く、乾いた怒りの感情が湧き出たかのような、そんな声。

「くそ! このアマ!」
パン、と須藤が引き金を引いた。

「ぐぁ!!」
しかし、銃弾を受けたのは、姫華の真後ろに居た子分。

「な・・・に?」
既に、姫華は須藤の視界には居なかった。

よく見ると、銃弾を受けた子分の足が10pほど浮いている。その首には姫華の左手。
いつの間にか、姫華は後ろに居たはずの子分の背後に回り込み、右手一本で首を掴んで持ち上げていたのだ。
その子分の断末魔は、銃弾によるものではなく、姫華の握力で首の骨を砕かれたせいだった。

姫華はそのまま更に左手を握り締める。そして、右手で子分の後頭部を持つと、一気に上方へ引き抜いた。

ブチィッ!

子分の頭部を胴体から引き千切ると、そのまま"それ"を須藤に投げ付けた。
バレーボールよりは一回り小さい、しかし硬い球体が凄まじいスピードで飛ぶ。

ドガァ!!

それをモロに顔面に喰らった須藤は、叫び声を上げる間もなく、後ろに吹っ飛んだ。

「兄貴!」
「「「若頭!!」」」
岡村も含め、残りの子分も全員がやっと、今になって我に返る。
しかし、これから起こることを考えれば、我に返らず無意識のままの方が良かったのかもしれない。

「このぉ!」
すかさず、岡村が懐から拳銃を抜き取り、姫華目掛けて撃つ。
しかし次の瞬間にはもう、姫華はその場所には居なかった。

「ぐぎゃぁ!!」
岡村が声のする方を見ると、また一人、子分が姫華によって屠られていた。
姫華が力一杯、拳を振り下ろすと、男の頭は胴体にめり込む。
姫華の拳による鉄槌は、男の上半身を半分ぐらいまで潰したところでやっと止まった。

「くそ! 何て女だ!!」
パン、パンとあちこちで銃声がするが同士討ちになるだけで、当の姫華に当たる気配は一向になかった。

「あんなデカい身体してんのに、何で目で追えねぇんだ!?」
男たちは侮っていたのだ。姫華は、ただデカいだけの女格闘家だ、と。
しかし、それは誤りだった。

時代劇などではよく、くの一が素早い、という描写をされることが多い。
だが、厳密に言えば、女だから素早いというわけではない。
素早いとは、言い換えれば速く動けるということ。速く動くことに必要なのは当然、筋力である。
男と女とでは、比較的に女の方が体重が軽いから、相対的に素早いというだけなのだ。
もし仮に、脚力が全く同じ馬が居れば、体重の軽い馬の方が速いのが道理なのだ。

そして、姫華はその筋力が桁外れにずば抜けていた。
本気を出せば、助走なしで人の頭を超えるぐらいは訳無いのだ。
狭い闘技場では一対一ということもあり、そこまで姫華が能力を発揮する場面がなかっただけなのだ。

姫華と男たちでは、人としてのスペックが違い過ぎた。
蟻がチーターに追い付けるわけがなく、蟻が象に力で勝てるわけがなかった。

姫華は怒りのまま、しかし冷静に一人一人、丁寧に肉塊に変えていった。
間違っても後から息を吹き返すことがないよう、確実に。

脇腹を掴まれ、左右から胸部を挟み潰された者。
鎖骨を掴まれ、上半身を真っ二つに引き裂かれた者。
足首を掴まれ、強引に地面に叩き付けられ、血の華を咲かせた者。
首と太腿を掴まれ、背骨を二つ折りにされた者。
あまりの惨状に足腰が立たず、這い蹲って逃げようとした者は、
姫華の剛脚に下半身を絡め取られ、胴体を捻り切られた。

試合とは違い、客を魅せる必要がない。
目の肥えた闇カジノの客ですら、引いてしまうような凄惨な虐殺ショー。

最後に残ったのは、岡村ただ一人だった。

「ひぃっ・・・お、おたすけ・・・」
岡村は腰を抜かし、這い蹲って逃げることも儘ならなかった。

姫華は無言のまま右足を振り上げると、一気に岡村の股間目掛けて踏み抜いた。

ドゴォッ!!

地面にヒビが入るほどの衝撃。
姫華の剛脚によるフットスタンプは、的確に岡村の性器ごと骨盤を踏み潰していた。
岡村は、今まで感じたことのないような鈍く重い痛みに、声も出せずに悶え、のたうち回る。
そして今度は、まるで返す刀であるかのように、左足で岡村のどてっ腹を踏み抜いた。

パァン!!!

岡村の腹部は、凄まじい圧力に耐え切れず、爆ぜた。
まるで踏み潰された蛙のように、臓物を飛び散らせ、岡村は絶命した。


「パパ! パパ! ねぇ、起きてよ・・・パパ」
姫華は、倒れていた黒田を優しく抱き起こした。

「・・・ぅ、く・・・・・う」
「・・・・・!? うそ、パパ!」
何と、黒田が目を覚ましたのだ。

「く・・・痛ぇ・・・」
「パパ、大丈夫なの!?」

「馬鹿、揺らすな・・・。俺は死んでない」
「・・・でも、こんなに血が・・・・・」
しかし、黒田の胸部には血がベットリと付いている。

「"備え"をしてある、って言ったろ」
「・・・・・え?」

「これは・・・血糊だよ」
何と、黒田は上着の下に防弾チョッキを縫い込んでいたのだった。
特注の特別製で、鶏の血液で偽装した血糊まで仕込む手の込みようだ。

「パパの嘘吐き! 危ない時は見捨てるって言ったくせに!」
「はは・・・、別に庇ったわけじゃない。それに、この"上着"も計算の内だ」

「でも、もし、頭を狙われていたら・・・」
「まあ、その時はその時だ・・・痛てて」
しかし、幾ら防弾チョッキとはいえ、至近距離で銃弾を喰らって無事ではなかった。
黒田は肋骨にダメージがあるのか、苦悶の表情をしている。

「パパ! 大丈夫? 沢村先生に・・・」
沢村先生とは、闘技場お抱えの闇医者のことだ。
医師免許は持っているが、医師世界の権力闘争に失望し、自ら裏社会を相手にするようになった人物。
医者として非常に腕が立つ男で、黒田も一目置いている。
さすがに、返り血塗れの姫華が黒田を抱えて一般の病院に駆け込めば大騒ぎになるのは必至だ。

黒田が、自分の懐の携帯が無事かどうかを確認しようとした、その刹那。

「パパ! 危ない!!」
突然、姫華が黒田と身体を入れ替えるように向きを変え、黒田に覆い被さった。

パン。パン。

それと、ほぼ同時に二発の乾いた銃声。
何と、死んだと思っていた須藤が、銃口をこちらに向けていたのだ。銃からは硝煙が上がっている。
よく見ると、須藤は顔の左半分は潰れてグチャグチャだが、右半分は比較的無事だった。
姫華が放った"剛速球"を、瞬間的に避けて直撃を防いでいたことになる。

カチッ、カチッ。

「く・・・そ・・・」
空の弾倉の乾いた音を聞いて、須藤は力尽きた。しかし。

「パパ、ごめんなさい。悪いけど、沢村先生への連絡はお願い。私は、アイツにトドメを刺して来る」
「姫華、もう良い! トドメは俺が・・・くっ」
黒田は、胸の痛みで上手く起き上がれない。

黒田の周りに転がる、人だったモノの肉塊たち。闘技場での振舞いが児戯に思えるような、そんな惨状。
黒田はこれ以上、姫華に殺らせてはいけない、そんな気がした。

「パパ、心配しないで。私は正常だよ。パパを酷い目に遭わせようとしたコイツらが悪いだけ。
 特に、パパを撃ったアイツは絶対に許せない。少しでも生きてる可能性が無いよう、後始末するだけだよ。
 こういう"仕事"は全部、私に任せてくれれば良いの」
そういって、姫華はニッコリと笑った。


「へぇ〜。凄いね、オジサン。まだ息があるなんて」
姫華が歩み寄ると、須藤は恨めしそうに姫華を見上げた。
顔面の左半分が潰れ、半ばホラー映画のゾンビのような風体になっても、須藤はまだ生きていた。

「おへ・・・が・・・ほんな・・・ところ・・・で・・・」
歯も、左側がボロボロで上手く言葉を喋れない。

「弾はもう無いみたいだけど、こんなのでパパを撃っちゃダメじゃない・・・」
姫華は、拳銃を持った須藤の右手を拳銃ごと自分の右手で掴む。
そして、手首辺りを左手で掴むと、一気に両手を左右に引っ張った。

メキメキッ・・・バキャッ・・・ブチブチッ・・・ブチィッ!!

骨が軋み、裂け、肉が引き千切れる音。
言葉にならないような、倉庫内に響き渡る須藤の断末魔の叫び声。
叫び声を挙げた鬼のような形相のまま、須藤は絶命した。


闇医者の沢村が駆けつけたのは、それから一時間経った後だった。


つづく





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