才能

【5】

「・・・う。・・・ここは?」
黒田が目を覚ますと、そこは病院の一室だった。

「パパ! ・・・・・良かった」
傍には、目に涙を溜めながら安堵の溜め息を漏らす姫華が居た。

「ようやくお目覚め、か。俺を救急車代わりに呼んだのは黒田さん、アンタが初めてだ」
姫華の後ろで、ボサボサ髪で無精髭の沢村がそう苦笑した。

「ここは、沢村先生の診療所。パパは丸一日眠っていたんだよ」
姫華に目を見やると、確かに昨日とは服が違う。勿論、返り血も無い。

「そう・・・か、丸一日も。あれからどうなりました?」
黒田は、沢村が駆けつけたとほぼ同時に気を失い、その後の経過がわからない。

「黒田さん、アンタは胸骨骨折で全治一ヶ月の重症。そこの姫華嬢は・・・絆創膏二枚ってとこだな」
へへっ、と姫華はいたずらっぽく照れ笑いを浮かべた。

「・・・絆創膏が、二枚?」
「そう、二枚だ」
二、という数値に黒田は引っ掛かりを感じるが、それが何かという肝心な部分が思い出せない。

「正確には、姫華嬢は裂傷が二ヶ所。銃創と思しき・・・な」
「!?」
黒田は思い出した。須藤が最期に放った銃弾が確か、二発。
黒田は姫華を見るが、当の姫華は状況がよくわかっていないのか、愛想笑いをしている。

「ああ、無駄だ。姫華嬢は撃たれたことにすら気付いていない。
 恐らくあの時は、興奮していてアドレナリンやらの脳内麻薬が出捲くっていただろうからな」
幾ら興奮して痛覚が鈍くなっていたとしても、二発も拳銃で撃たれて気付かないなんてことが本当にあるだろうか。

実はあの時、確かに須藤の銃弾は二発とも、姫華の背中に命中していた。
しかし、銃弾は姫華の体内に到達することなく、背筋を数ミリ削っただけで止まったのだった。

「姫華嬢の肉体、というか筋肉は凄いの一言だな・・・。
 恐らくは距離があったんだろうが、銃弾すら通さないんだからな。
 後から、先端の潰れた二発の銃弾を回収したよ。何なら見てみるかい?」
と沢村は勧めたが、黒田は丁重に断った。
沢村は残念だ、と肩を竦めた。

「それで沢村先生、あの後の後始末は・・・」
幾ら、人気の少ない倉庫とはいえ、見るも無残な惨死体が放ったらかしで済むほど、この国の法治制度は甘くない。

「それも含め、今日は大切な客人がお越しになっている」
「客人?」
疑問だらけの黒田をよそに、沢村はどうぞ、とその客人を招き入れた。
既に部屋の外で待機していたらしく、その人物はすぐに扉を開けて入って来た。

「失礼する」
それは、和服を着た初老の男だった。しかし、歳のわりに眼光が鋭い。
黒田は勿論、状況を全く把握していない姫華でさえ、その人物が只者でないことを感じ取っていた。

「この度は、誠に申し訳なかった!」
室内に入るなり、初老の男はいきなり黒田に向かって頭を下げた。

「そんな、頭を上げて下さい! 貴方は一体・・・?」
「すまん、逸ってしまったな。 儂の名は獅堂櫻一郎(しどうおういちろう)という。S組組長をやっておる」
この言葉に、黒田と姫華は度肝を抜かれた。

須藤一派を殺したことは、S組は勿論、下手をすればT組の恨みも買い兼ねない行為だった。
しかも、S組組長といえば、若頭である須藤の親も同然。

「儂の組の者が大変迷惑を掛けてしまった。この償いは何でもしよう」
だが、獅堂は更に深々と頭を下げたのだった。

元々、須藤は獅堂の妾の子で、子供の頃から素行が悪く、仕方なく獅堂が組で引き取った。
獅堂自身、須藤に極道の才能は無いと思っていたが、
当の須藤には世渡りの才能があったらしく、獅堂の威光もあり、組内でメキメキとノシ上がって行ったのだ。
だがそれも、所詮は世渡りに長けていたというだけの話。
命を賭けようとせず、金に走るその醜悪さは徐々に露呈し、
若頭という組で二番目の地位にありながら、自身の子分を除いて次第に孤立していった。

「須藤が何かを画策しているのは薄々勘付いてはいたが、まさか儂を裏切ろうとは・・・。
 本当なら儂が直々に始末を着けねばならんところ・・・。お二人には詫びても詫び切れん」
また、獅堂は深々と頭を下げた。

「そんな、頭を上げて下さい!」
「お二人を命の危険に晒しただけでなく、始末までさせてしまってすまんかった。
 勿論、後始末はこちらでキッチリやらせて貰った。お二人に迷惑が及ぶことは無い筈だ」
獅堂が、"筈"という言い回しをしたのは、T組のことも考慮してのことだった。

「黒田さん、あんたは確か、カジノの闘技場を任されていたんだったな。
 この際といっては何だが、カジノ全体の経営をやってはくれんかね?」
「え?」

「勿論、望むなら親子盃を交わしても良いが、あんたのことを考えれば客人待遇の方が良いだろう」
つまり、組との縁組みはしないが、組と対等の関係を持つということだ。
黒田にとって、これは願っても無いことだった。

「抗争の被害は、絶対に及ばないようにする。どうだ、考えてはみてくれんか?
 儂の組は知っての通り、経営が苦しくてな。あんたのような人物を手放すには惜しいのだ。
 受けても受けなくてもほとんど現状と変わらんのなら、良い方を選ぶべきではないかね?」
黒田が、カジノのオーナーの打診を即答しなかったのは、抗争のこともあるが、
S組に不利な条件で取り込まれるのを避けたかったというのが大きい。
獅堂の提案はそこをクリアしている。

「まあ、まだ目が覚めたばかりだ。返事は追々ゆっくりで構わんよ」
そういって、黒田の返事も聞かず、獅堂は足早に部屋を出て行った。


「組長も忙しいところ、アンタのために貴重な時間を割いて来て下さったんだ。
 考えてみてはくれないか? 俺からも頼む」
沢村が珍しく、黒田に頭を下げた。

「先生と組長は一体・・・」
「組長は、個人的な俺の恩人というだけさ。他意は無い」
そういうと、沢村はニヒルに笑った。
沢村と組長の間に繋がりがあったことは、黒田も知らなかった。

姫華とは違う意味で沢村も底が知れない、と黒田は思った。


まだ、肋骨が痛むが、日常生活をする分には問題ない。

退院する朝、姫華が迎えに来る前に、と黒田は沢村の自室に呼び出された。

「一体、何の用です?」
「姫華嬢のことでちょっと・・・な」
沢村はいつになく真剣な表情で口を開いた。

「お前は、彼女の将来をどう考えている?」
「・・・将来?」

「ああ、勘違いするなよ。俺自身、医者として彼女に興味はあっても、個人的な興味は無い」
「そんなことは疑っていませんが・・・」
黒田には、沢村の言いたいことがいまいち要領を得ない。

「彼女は本当に凄い。弱冠十二歳にして、その身体は人の限界の遥か上を行っている」
黒田もそれはまざまざと見せ付けられた。
ほとんど気絶していたとはいえ、銃で武装した男たちに囲まれながらほぼ無傷で相手は全滅。
しかも、唯一の傷も銃弾を受けたにも拘らず、かすり傷のみ。

「彼女の特質は、何もミオスタチン筋肥大だけじゃない。でなければ、"あれ"は説明が付かない」
沢村のいう"あれ"とは、その銃弾に耐えた背筋のことだ。

「実は、銃弾を受けた痕を治療するついでに少しだけ筋組織を採らせて貰ったんだが・・・。
 彼女の筋繊維は、常人の数倍以上だった。筋密度が半端じゃない」
あれでは、ライフル弾でもなければ彼女の筋肉は貫けない、と沢村は付け加えた。 

事実、姫華は超常の肉体を有していた。
ミオスタチン筋肥大だけでは、単に筋肉が付き易いというだけでしかない。
姫華は、筋肉繊維も異常に発達していたのだ。その為、人と比べて遥かに筋肉密度が多くなる。
わかり易く書けば、ミオスタチン筋肥大で筋肉の体積が常人の倍以上に増え、
そして、その単位体積ごとの密度が常人の数倍。

そこから発揮される力は、倍々ゲームどころでは済まない。

「恐らく、彼女がその気になって力を存分に発揮すれば、ありとあらゆる世界記録が塗り替えられるだろうな」
走り、跳び、投げ、持ち上げる。その全てにおいて彼女に敵う者は居ない、というのだ。

「しかし、彼女はまだたったの十二歳、だ」
あまりに恐ろしく、成熟した十二歳。しかも、未だ成長途中。

「彼女は肉体の成長が凄過ぎて、制御が追い付いていない」
黒田は、倉庫の惨状を思い出す。人の形を成さない肉塊の山。

「全てはアンタが鍵だよ、黒田さん」
「俺、か・・・確かに、そうかもしれません」
黒田はこれまでの姫華との生活を思い返していた。

今まで、姫華が小学校で友達に怪我を負わせたり、備品を破壊したという話は一切聞いていない。
学校側には、何かあったら直ぐに連絡してくれ、と予め言ってある。
しかし、教師は学校での姫華は大人しく良い子だという。

自分と居ない、外での姫華。
自分と居る、家での姫華。
そして、闘技場での姫華。

「何だ、黒田さん。アンタもわかってるんじゃないか。そう。姫華嬢は、アンタの前でしか力を発揮していない。
 アンタの居ないところで下手に力を使って、何かあったら真っ先に迷惑が掛かるのはアンタだから、な」
姫華は黒田に、学校の体育は上手くやってるよ、と言っていた。

姫華が力加減を失敗するのは、闘技場での試合後で興奮している時や、
ハリスのように、黒田の意向にそぐわない者が居る時。
そして、倉庫の一件のように、黒田に危害が加えられた時。

「アンタが考えている以上に、彼女はシンプルだ。彼女の倫理観念は黒田さん、アンタが全てなんだよ」
それは、黒田も薄々勘付いていた。
黒田に敵対し、傷付ける者は全て、排除。そこに、一切の容赦は無い。

「しかし、あれは遣り過ぎだ。このままではいつか、日常生活すら破綻してしまう」
黒田も目の前で見た、怒り任せとはいえ、人間の手を易々ともいでしまう怪力。

「だからこそ、アンタがちゃんと導いてやらないといけない。それが、女を拾った男の甲斐性って奴だ」
「ええ、わかっています」
それは、黒田もずっと考えて来たことだ。今更、指摘されるまでもない。

「そこで、だ。彼女を連れて、ここに行くと良い。紹介状は書いておく」
そういって、沢村は一枚のパンフレットを黒田に見せた。

「これ・・・は、ジム?」
そこは、全国でも最大級のスポーツジムだった。
温水プールやスパもある、いわゆるレジャー施設という奴だ。ただ、その規模が半端ではない。

「ここって、なかなか会員になれないんじゃ・・・」
「大丈夫、俺から話を通しておく。会員料はバカ高いが・・・まあ、アンタたちなら容易いだろう」
そのジムは、設備が最大級というだけでなく、会員数も半端ではなかった。
現に、今は紹介なしでは入会も儘ならない。

「実は俺、スポーツ医学も齧っていてね。そこの理事と知り合いなんだよ」
「沢村先生、貴方は一体・・・」
改めて、黒田は沢村の凄さを思い知った。

「俺のことは別に良い。今は、姫華嬢だ。
 確かに二年前、俺は、中途半端な近代トレーニングは彼女の成長の阻害になると言った」
元々、黒田にそうアドバイスしたのは沢村だった。
筋力トレーニングというのは、筋肉に負荷を与えて一度壊し、その回復によって為される。
それを成長期に行うべきではない、という沢村の見解は正しい。

「しかし、彼女の成長スピードの凄さを見ると、そうも言っていられない。
 一度、ちゃんとどのぐらい力があるのか、彼女自身もその限界を実感した方が良い」
乗っているマシンがF1だということをわかった上で、最高速がどのぐらいなのかを知るのは大事なことだ。

「そのジムは、全国でも最高レベルのマシンが揃っているはずだ。
 リハビリも兼ねて、アンタも一緒に体力測定でもして来ると良い。プールやスパもあって、遊ぶにも事足りないしな。
 どうせ、忙しさに感けて満足に彼女を外に連れ出したことも無いんだろう?」
「・・・う」
図星だった。

「紹介する代わりに、姫華嬢の採ったデータを持って来てくれれば俺はそれで良い」
「抜け目ないですね」
そういって、黒田は苦笑した。

「まあ、そうやって現状を知るのは、将来の指針を模索するのに有用なことだよ」
「そう、ですね」
そういえば、まともに姫華と外出するのはこれが初めてかもしれない。
黒田はそう思うと、姫華に対して親らしいことを何一つやってこなかったことを自嘲した。


しばらくして、退院する黒田を迎えに姫華がやって来た。
姫華は黒田から"お出掛け"の話を聞くと、満面の笑みを浮かべて喜んだのだった。


つづく





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