才能

【6】

そこは、巨大な複合レジャー施設だった。

ショッピングモールに、プールにスパ。何でもアリといった感じだ。そのどれもが大きく、人でごった返している。
いざ、ジムの前に着いてみると、その巨大さに圧倒される。マンション並み、といっても過言ではなかった。

一階から中に入ると、そこは大きなエントランスホールになっていた。
総合受付で入館の手続きを済ませると、二人は地下へと通された。

「私、てっきり上の階だと思ってた・・・」
「地下が上級者スペース・・・になっているみたいだな」
黒田も初めてなので、パンフを見ながら答える。

「高重量のウェイトを扱うため、運搬の手間と安全性を考えて地下なんだそうだ」
「へ〜、そうなんだ。楽しみ♪」
姫華は、目をキラキラさせている。
ジムどころか、まともにトレーニング機材を見るのも初めてなので、楽しみで仕方がないのだ。

地下に着くと、入り口に大きく『上級者ルーム』と書かれていた。
注意書きには、『経験者、もしくは特別な紹介が無い限り、入室不可』と書かれている。

「沢村氏の紹介ですね、承りました。奥で担当のインストラクターが居りますので、着替えてお入り下さい」
沢村先生の紹介状を受付で見せると、すんなりと中に通された。

「包帯が取れたとはいえ、俺はまだ病み上がりなんだ。付き添うだけだからな」
「うん、わかってる。パパ、また後でね」
更衣室前で一旦、二手に分かれる。


十分ぐらいして、黒田がラフな格好に着替えてトレーニングルームに姿を現した。
しかし、そこはルームというにはあまりにも大きな空間だった。
天井が高く、至る所に最新のものと思われるトレーニング機材が置かれている。
人は多いが、広さを考えると混んでいるという程でもない。

キョロキョロしている黒田に一人の男が近付いて来た。

「もしかして、あなたが黒田さんですか?」
「ええ、そうですが・・・あなたは?」
歳は三十代半ばといったところか。鍛え上げられた全身に、無駄な脂肪はほとんど付いていない筋肉隆々の男。

「沢村先生の紹介ということで、お話は伺っています。私、ここのインストラクターをやっています、関内と申します」
関内(せきうち)と名乗った男は、どこから取り出したのか、丁寧な仕草で名刺を差し出した。

「こちらこそ、初めまして。黒田といいます。連れはもうすぐ来るはずなんですが・・・」
そういっている内に、ちょうど良いタイミングで更衣室から姫華が出て来る。

「ああ、あれです。おーい、姫華。こっちだ」
「あ、パパ」
姫華は、アメリカンサイズの特大のTシャツにスパッツという格好だ。
Tシャツの下は恐らく、いつのもタンクトップタイプのスポーツブラだろう。

「・・・あの娘が! なるほど・・・沢村先生から事情を伺ってなければ、俄かには信じられませんでしたよ」
事情とは勿論、姫華の特殊体質のことであり、闘技場のことではない。
そのあたりの沢村の配慮には、黒田も全幅の信頼を寄せている。


「姫華。お前、また大きくなったんじゃないか?」
「え、そーかな」
姫華は照れ隠しにポリポリと頭を掻いた。その腕に盛り上がる力瘤がTシャツの袖をパンパンに張らせている。

「そのTシャツ、海外取り寄せでまた三ヶ月経ってないぞ・・・」
「そーだっけ? あはは・・・」
黒田の記憶では、三ヶ月前はまだ丈や袖に余裕があったはずだ。
しかし、今はピチピチでTシャツの上からでも胸や筋肉の形がハッキリとわかる。

「いや〜、しかし・・・はは・・・は」
関内は、自分の身体と姫華を見比べては、引き攣った苦笑いを浮かべていた。

関内は、国内でも有数のヘビー級のボディビルダーで、近い内に海外参戦も考えるほどだった。
最初、関内は沢村から姫華の話を聞いたとき、何か冗談ではないか、そう思った。
しかし、ヘビー級の自分よりも背が高く、筋量もある小学生の女の子が目の前に居る。
事実、関内が姫華に勝っているのはウェストのサイズぐらいだ。

「トレーニング経験が無いというのは、本当なんですか?」
「ええ、そうなんです」
関内は、そのことに関しては半信半疑だった。

確かに、姫華の体型はビルダーのそれとは違うし、かといってレスラー体型というわけでもない。
必要以上に脂肪を削っていないが故の、流線型で野生的なボディライン。
にも関わらず、それぞれの部位の筋肉は暴力的なまでに隆起している。

筋肉量に特化したボディビルダーでもなく。
打撃やタフネスに特化した格闘家でもなく。
トラック競技に特化したアスリートでもなく。

また、そのどれもの特性を兼ね備えた、そんな黄金比の肉体。
関内はだからこそ、そんな肉体が人為的な鍛錬なしに自然と形成されたというのは、信じられなかったのだ。

「えっと、今日は確か・・・」
関内は、黒田と姫華を交互に見やった。明らかにジム初心者な黒田と、そうは見えない姫華。
勿論、二人とも初心者なのだが、本来ここは上級者のエリアなのだ。

「私は完全に只の付き添いです。今日は姫華の筋力を専門家に見てもらおうと・・・」
チラッと黒田は横目で姫華を見ると、当の本人はいろんな機材に目を奪われてキョロキョロしている。

「確かに、ここにはそういった設備もありますが・・・。先ずは、ウォームアップも兼ねて軽くダンベル運動をしましょう」
そういって、関内は奥にあるダンベル機材が多く置かれたゾーンに案内した。

「あのー、このオブジェって何ですか?」
姫華が中心に『100』と書かれた、ボウリング玉に取っ手が付いたようなオブジェを見付けた。

「ああ、それもちゃんとしたトレーニング器具ですよ」
姫華が見付けた"オブジェ"は『ケトルベル』といって、立派なトレーニング器具の一種だった。
ボウリング玉の二倍ぐらいの大きさの球体に、やかんのような取っ手が付いている。
ダンベルほど一般的ではないものの、ダンベル以上に用途が広く、愛好家も多い。

「まあ、そこにある奴はオブジェと言えなくはないですが・・・って、ええ!?」
関内がそう言い終わらない内に、姫華はそれを軽々と持ち上げていた。それも、片手で。

「あ、軽過ぎて使えないってことですよね。これって、重さは100gぐらいですか?」
姫華は、右手一本で大きな鉄の球体を上げ下げして弄んでいる。
引き攣る関内の表情を見て、黒田は状況を把握した。

「姫華、先ずそれを下に置きなさい。そっと、だ」
「はーい」
黒田に言われ、姫華は素直にそれを下に置いた。

「関内さんの指示も無く、勝手に器具に触ったらダメじゃないか。周りに人も居るんだから」
「ごめんなさーい・・・」
姫華がしゅんとする。
幾ら姫華自身が軽いと感じたとしても、"100s"もの重量は素人が気軽に取り回して良いものではない。
自分が軽いと思った物でも、周りの人に怪我をさせてしまうかもしれないからだ。
黒田は、姫華にそういった感覚も身に付けさせたいのだ。

「・・・いやはや、何というか・・・凄い・・・ですね、はは」
関内は引き攣った笑いを浮かべていた。
この100sのケトルベルは当然、片手で持つような代物ではない。
まして、100gと勘違いするなんてことは普通、在り得ない。

「仕方ありません。"下"に行きましょう」
「"下"?」
関内はやっと、納得したような表情を浮かべた。

「ここから更に下の階に、『特別ルーム』があるんですよ。ここのウェイトでは多分、姫華さんには物足りない」
それにここでは目立つでしょうから、と関内は付け加えた。


そこは、フロア内の階段で繋がっていた。
階下に降りると、また同じような天井の高い空間になっている。しかし、人は疎らでガラガラだった。

『特別ルーム』。
ウェイト置き場と思しき場所には、見たこともないような巨大なウェイトが所狭しと並べられている。
設置されているバタフライマシンにも、上の階とは比べ物にならなぐらい大きなウェイトが取り付けられている。
ここが、このジムの象徴でもあり、全国で最高と云われる所以でもあった。

「ここは、ヘビーウェイトユーザー用に作られた特別ルームです。その性質上、許可の無い者は入室出来ません。
 本当なら、付き添いの黒田さんはダメなんですが、今回は特別ということで・・・」
関内は姫華をチラッと見た。姫華が未成年だから、保護者同伴ということなのだ。
ということは、姫華には最初から許可が下りていたということになる。

「実は、上で姫華さんをテストしてからここに来る予定だったんですけどね。
 ここに入って、何かあってからでは遅いので・・・」
しかし、テストの必要が無いのは誰の目にも明らかだった。


早速、関内の指導の下、バーベルやウェイトの扱いを覚える作業から始まった。
シャフトをラックに置き、ウェイトを一枚一枚、取り付ける。最後に固定する作業を除いて、全て姫華自身がやった。
全国でもここにしかないという50sのウェイト。そう。たった一枚で50sなのだ。
常人では持ち運ぶことも困難なウェイトを、姫華は難なく取り付けていく。
姫華の怪力を持ってすれば片手どころか指二本でも余裕だがそこは、必ず両手で扱うようキツく指導された。
左右に二枚ずつ、計200sのウェイトの取り付けが終わった。
バーベルシャフトも特注でかなり太く、シャフトだけで20sあるというから、全部で220sの重さだ。
生まれて初めて扱うバーベルが200s超え。
普通に考えればかなりの異常な光景なのだが、姫華だと不思議とそれが自然に見える。
自分で組み上げたバーベル。そのシャフトを両手で逆手に持ち、姫華はラックから持ち上げた。
いわゆる、バーベルカールの形だ。

「どうです、重いですか?」
「・・・・・・・・」
関内の問い掛けに、姫華は気まずそうな顔をして答えない。

「どうした、姫華? 重いのか?」
黒田は最初、重くて言葉が出て来ないのかと思った。しかし、姫華から全然違う言葉が発せられた。

「ごめんなさい、力入れたらシャフトが・・・」
そういって、姫華はバーベルとラックにそっと戻し、手を離した。

「「!!?」」
男二人は、度肝を抜かれた。

何と、200sのウェイトを取り付けても撓(しな)る素振りも見せなかったシャフトに、クッキリと手形が付いている。
勿論、それは姫華の両の手の手形に他ならなかった。
更によく見ると、シャフトが手形の中心辺りでV字に湾曲している。

「持ってみたら全然重くなくて、それでつい・・・。多分、持つだけなら片手でも行けると思う」
姫華もやはり緊張していたらしく、バーベルを持ち上げる際に"それなり"に力を入れたらしかった。
しかし、思ったほどの重量を感じられず、力が入り過ぎたらしい。

試しに黒田はシャフトを掴んでみるが、何かで固定されているかのように全く動く気配はない。
というよりも黒田自身、自分にこれを動かせるというビジョンが思い浮かばなかった。

「500で足りるかなぁ・・・」
関内がそう、ポツリと呟いた。

「500?」
「いえね、このバーベルでも搭載出来るのは安全上、500sまでが限界なんですよ」
人が扱うバーベルの世界最高記録は、ベンチプレスの476s。勿論、男子の記録だ。
つまり、それ以上は前人未踏の領域なので、それ以上のウェイトに耐えるバーベルを作る意味が無い。
バーベルを扱い始めて十分。そのたった十分で、姫華の剛腕は測定不能の領域に入っていた。

結局、両腕のパワー計測は一旦、保留になった。片腕で計測して、様子を見ようということになったのだ。

「・・・ん」
シャフトを新しいのに交換し、バーベルに同じく200sのウェイトを取り付ける。
今度は、右手一本で姫華がバーベルを持ち上げる。

「どうですか? 重いですか?」
「あ・・・はい、ちょっと重いです」
220sのバーベルを片手で持ち上げ、『ちょっと重い』で済ます十二歳女子。
勿論、こんな芸当が出来るのは関内も含め、このジムの中でも姫華ただ一人だ。

その後も、50sずつ追加していくも、順調に姫華は持ち上げた。
左腕でも同様で、ウェイトを追加するたびに、左右で試す。
そして、遂にベンチプレス世界記録まで後50sに迫る420sにまで来た。
厚みが5pはあろうかという50sの円盤状のウェイトプレート。それが、シャフトの左右に4枚ずつ計8枚。
左右に20pの厚みのウェイトが載ったバーベルは、壮観だった。

ベンチプレスは、両腕だけでなく大胸筋も使う運動だ。
その記録に、腕だけの運動であるバーベルカールで姫華が迫っているのだ。

その巨大なバーベルに逆手で、右手を添える姫華。

「どうだ、持ち上がりそうか?」
「持った感じだと大丈夫かな、それっ」
黒田の質問は愚問であり、その心配は杞憂だった。

「これは確かに少し重いかも・・・」
この重量でさえ、まだ"少し"なのかと黒田と関内は顔を見合わせ呆然とした。
大人たちを余所に、姫華は気持ち良さそうにバーベルを上げ下げしている。

「何か、楽しくなってきちゃった♪」
およそ、トレーニングと呼べる運動は初体験の姫華。楽しくて仕方がないのだ。

と、その時。

ビリッ・・・ビリリッ!

「あ」
姫華が腕を曲げ、バーベルが一番高い位置に来た何度目か辺りで、Tシャツの袖が裂けた。
全力ではないが、適度に力の篭った力瘤が前にも増して大きくなっている気がする。

「あれ、さっきまで大丈夫だったのに・・・」
420sのバーベルを最高部で固定したまま、姫華は空いた左手で自分の力瘤を確かめる。

「パパ、何か力瘤が大きくなった気がする」
「姫華さん。もしかして、パンプアップをご存知ない・・・とか?」
関内は、信じられないといった表情で姫華に問うた。

パンプアップとは、充分な負荷を筋肉に与えることにより、
血流が良くなって筋肉が膨れ上がり、サイズが平常時よりも大きくなることをいう。
ウェイトトレーニング経験者であれば、誰でも知っている知識なのだが、
当然、姫華は初心者であり、知る筈もなかった。

だが、関内はそのことでのみ、驚いていたわけではなかった。
パンプアップに必要な条件は、筋肉への"充分な"負荷。
今までの、320sや、370sといった重量では足りなかったというのだ。
超常の筋肉の前では、負荷を与えるのも生半可ではない、と関内は思い知った。

姫華の筋肉的には、ここまでが前座でここからが本番といったところなのだろう。

「どうやら、私の心配は杞憂だったかもしれませんね」
そう、関内は独白した。

本来、バーベルカールという運動は、腕の全力を試す類のモノではない。
通常、全力でない余裕があるぐらいのウェイトでやるのが望ましいとされている。
過分なウェイトでは、腕を故障する恐れがあるからだ。
その点では、重量挙げとは意味も意義も当然、異なる。

しかし、今回のケースのような腕力測定となると難しい。
重量挙げやウェイトリフティングには技術を要するし、そもそも使う筋力は腕力だけではない。
また、腕力といっても、腕の筋力には相反する二種類が存在する。
力瘤が盛り上がることからもわかる通り、腕を曲げる時に使う上腕二頭筋。
腕を外側に開く、つまり伸ばす際に働くのが、腕の後ろにある上腕三頭筋。

上腕三頭筋には、『肩腕力計』という取っ手を両手で外側に引いて測る計測器があるが、
上腕二頭筋には、これといった明確な計測器が存在しないのだ。
そういう意味では、アームカールが腕力、特に上腕二頭筋の力を測るのに適しているといえなくもない。

関内は、素人が限界重量でアームカールをすれば故障するかもしれない、と内心、心配していたのだ。

「姫華さん。正直なところ、どうですか?」
「えーと・・・」
姫華は気まずそうな表情をして、横目で黒田を見る。

「姫華、今日は遠慮するな。ハッキリ言うんだ」
「わかった、パパ。・・・えっと、まだまだ大丈夫だと思います」
姫華はそう、言い切った。

次は、ベンチプレス世界記録目前の470s。その先は、520sという前人未到の領域だ。
それを、一人のたった十二歳の少女が、しかも片腕で成し遂げようというのだ。

「わかりました。じゃあ、次はもう520で行っちゃいましょう。それで腕力の計測は終わりです」
関内は、姫華がいくら怪力とはいえ、トレーニング初心者であること。
安全上、ウェイト的にももう限界であること。その旨を二人に説明した。
沢村には関内から口添えしておくということで二人とも納得した。

520sのバーベル。ウェイトは片方だけで250s。厚さは25pにも及ぶ。
黒田は勿論、関内も初めて見る、タイヤのようなウェイトを積んだバーベル。
世界広しといえど、これを腕力のみで持ち上げられる者は存在しない。

「ん・・・あ、これなら大丈夫」
世紀の一瞬と思っていた大人二人は、姫華の気の抜けた台詞に拍子抜けした。
しかし、目の前で520sのバーベルが上下している。それは紛れも無い事実。
その頃には、姫華のTシャツの袖は完全にスリット状態になっていた。
まだパンプアップが足りなかったのか、さっきよりも更に力瘤が大きくなっている。

「確かに、これは重いかも」
今度は腕を替え、左腕一本で同じように上げ下げしながら、姫華が呟いた。

その大きさを増す力瘤を目の当たりしながら、黒田は内心思った。
もし、姫華に本気で抱き締められたら一たまりも無いな、と。
ヘアハッグとアームカールに使われる筋肉はどちらも同じく、主に上腕二頭筋だ。
片腕で、余裕を持って520sを持ち上げる怪力。
単純に足し算すれば、両腕で1tを超すパワーということになる。
勿論、腕力はそんな単純なものではないが、それに類する腕力の前では人間など粘土細工のようなものだ。

姫華に掴まれれば即、死。
まだ見ぬ、これから相対するであろう姫華の対戦者に、黒田は同情した。

次は、肩腕力計での『伸ばす腕力』の測定だったが勿論、中止になった。
肩腕力計の最大値は200sなので、やるだけ無駄ということで大人二人の意見は一致した。
何も、むざむざ貴重な測定器を壊すことはない、ということだ。

次は、レッグプレスで脚力の測定を行った。
レッグプレスとは、斜めになっている台に頭を下にして横になり、
上側に設置されたウェイトを脚で押し上げるトレーニング運動だ。
これはさすがに片脚ごとでの測定は無理なので、両脚での測定となる。

・・・ガシュ! ・・・ガシュ!

リズミカルに上下するウェイト。

・・・ガシュ! ・・・ガシュ!

「あ、これ面白いかも♪」
姫華が、初めて玩具を与えられた子供のようにはしゃいでいる。

しかし、設定されているウェイトは既に1000sだ。
世界でも、このウェイトを挙げられる者が何人居るだろうか。
100sずつウェイトを増やすというハイペースなのに、リズムが淀む気配すらない。
黒田には、心なしか太腿が徐々に太くなっていくような錯覚を感じた。

だが、それは錯覚ではなかった。

ミチッ・・・ミチミチッ・・・ビリリリツ!

上腕と同じことが太腿でも起こった。
しかし、太腿を覆っているのは、Tシャツのような柔な素材ではなく、伸縮性に富んだスパッツなのだ。
だが、明らかにパンプアップによる肥大化した大腿は、スパッツに大きなスリットを刻んでいた。

結局、姫華は難なく最大重量の2000sをクリアした。

「これのウェイトで腕の力を測れないんですか?」
姫華は、立て続けにこれだけの超高重量をリフトアップしていながら、満足していないらしい。

「これはさすがにマシンに固定されてるので・・・はは、は」
関内は、引き攣った苦笑いをする回数が段々と多くなっていた。

握力は200s、背筋力は400sで機器の限界値のため、測定中止。
どちらもアナログタイプなのだが、一般人なら目盛りの半分も行かない。
しかし、姫華が力を入れると凄まじいスピードで針が動いた。
共に、黒田がベストタイミングでストップを掛けたので、何とか壊さずに済んだ。

姫華の全力を測るには、既製品ではダメだということが黒田にはよくわかった。


「今日はその、何ていうか・・・ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。結局、お役に立てず申し訳ない・・・」
黒田と関内は今日、何度目かの苦笑を交わし合った。

非公式ではあるが、姫華はあらゆる種目でギネス記録を遥かに凌駕するパワーを見せ付ける結果となった。
弱冠十二歳のナチュラルボディに秘められたパワー。
仮に、もしこれを撮影していて動画サイトにUPしたとしても、誰も信じないだろう。
CGやVFXが進化した今の技術では、編集された映像だと思われるのが関の山だ。

そんな稀有な場面に立ち会えた大人二人には、奇妙な連帯感が生まれていた。

「今日の測定結果は、私の方で沢村先生に送っておきます。
 次に来られる際には、事前に連絡いただければ私がまたサポート致しますので」
「はい、お願いします」
そういって、関内と黒田は握手をした。

「あ、そうそう。ここのスパはプールと一体になっていて、壮観ですよ。帰りに汗を流して行かれるのをお勧めします」
「わかりました、行ってみます」
「プール行くの? 楽しみ♪」
あれだけのことをしながら実際には全く汗を掻かず、疲れた素振りも見せない姫華を連れて黒田はジムを後にした。


つづく





inserted by FC2 system