修道女

雨。その日は大雨だった。遠くで雷鳴が起こった。
数人のものと思しき怒声が、その雷鳴に掻き消された。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
男は、樵(きこり)か何かだろうか。背も高く、腕も逞しかった。
息も絶え絶えで、男は扉を開け中に入った。

そこは、小高い丘の上にある教会だった。
男は中を見渡す。中は礼拝堂になっている。
日曜教会で使われるであろう、長方形のテーブルと長椅子が整然と並び、中央にはパイプオルガンが鎮座している。


「何か御用でしょうか?」
男はハッとした。
さっきまでは確かに誰も居なかった。しかし、いつの間に現れたのか、パイプオルガンの前に1人の女性が立っていた。
女性は、白い部分の無い漆黒のローブを着ていた。恐らく、この教会の修道女なのだろう。
ブラウンのロングヘアが美しい、顔立ちの整った修道女だった。ただ、目を閉じている。盲目なのだろうか。

「いえ、ちょっと雨宿りを・・・」
「・・・そうですか。しかし、ここはこの先には何も無い小高い丘の上。何故、わざわざこのようなところに?」
「・・・い、いや、それは・・・・・」
「もしかして、何か悩みがおありなのでは? 心に悩みを持つ者は皆、無意識に教会へと足を運ぶものです」
「そ、そうなんですよ! 実は・・・」
「ここでは何です。・・・さぁ、奥へ・・・・・」
通されるがままに、男は修道女に付いて行った。遠目で見た時はわからなかったが、修道女も意外と背が高く
男と同じか、やや低いぐらいだった。艶かしいブロンドヘアの色気に、男は"妙な気"を起こしそうになったが
それと同じぐらい"奇妙な違和感"を覚え、男は何とかそれを抑えた。

通路を歩いて行くと、突き当たりに2つ扉が並んでいた。

「ここは・・・?」
「ここは、懺悔室です。面と向かっては話し辛いこともあるでしょう。
 右の扉からお入り下さい。私は、左の扉から部屋に入ります。お話は中でお伺いしましょう」
男は、ここは素直に従うことにした。

部屋の中には窓が無く、隣の部屋の壁に小窓が付いているだけだった。
取り敢えず、ここなら"安全"だろう。男はそう、安堵した。

「さぁ、お話を伺いましょう。主は、主を信じる全ての者を赦します。
 さぁ、貴方の全てを・・・告白なさい」
小窓から、修道女の声が聞こえた。男も、小窓の前の椅子に腰掛けた。

「私は・・・人を殺めてしまいました」
「・・・っ!! ・・・何てことを・・・・・。何故、そのような事を?」
「私はしがない樵なのですが、最近は身体を壊し、稼ぎが少なくなり・・・食べ物欲しさに・・・うぅっ」
男は大仰に涙を流し、更に続けた。

「殺すつもりはなかったんです。本当は、家人が居ない内に食べ物だけ貰って居なくなるつもりでした。
 しかし、見付かってしまい、揉み合いになってしまった弾みで・・・」
「・・・そう、ですか。主は・・・"主を信じる"全ての者を、赦します。
 今の貴方の言葉、嘘偽りはありませんか?」
「・・・はい。・・・う、うぅっ!!」
男は、更に涙を流す。

『そう・・・ですか』
修道女の呟きは、雷鳴に掻き消され、男の耳には届かなかった。

「貴方に1つ、問いましょう。貴方は、この教会に訪れたのは初めてですか?」
男は、いきなり何を聞くのだろう、そう思った。

「えぇ、初めてです。でも、それが一体・・・」
男がそう答えた瞬間だった。

ガコッ!

という男がしたかと思うと、男の眼前は一気に闇に捕らわれ、宙を浮いてるような奇妙な感覚に襲われた。
暫くして全身を強い衝撃が襲い、男は意識を失った。


ポタッ・・・ポタッ・・・ポタッ・・・

「・・・う。・・・・・うぅ」
男は顔に冷たい物を感じ、目を覚ました。水滴が男の顔を打っていた。まだ、全身が痛い。

「・・・ここは、どこだ・・・・・?」
徐々に目が慣れてくる。完全な暗闇ではなかった。よく見ると、灯篭があり蝋燭に炎が灯されている。
そこは、5メートル四方ぐらいの正方形の部屋。石レンガで敷き詰められていて窓が全く無い。
鉄製と思しき扉があるだけで、それ以外は完全な密室だった。

「何だ、ここは・・・? 何で、俺はこんなところに・・・」
男はわけがわからなかった。懺悔室に入り、懺悔をしたところまでは覚えている。しかし、その先の記憶が無い。

男は、とにかくここを出ようと扉に手を掛けた。

ガッ! ガッ!

「くそ! 開かねぇ!!」
だが、鍵が掛かっているのか開く気配が全く無い。

「お目覚めになりましたか」
扉の上の方にある小窓から声がした。修道女の声だ。

と、その声と同時にギギギ、と扉が開き始めた。

「うおっ!」
急に扉が開いたのと、あまりの扉の重さに男は後ろに転がるように吹っ飛ばされた。

扉が開く。

「なっ!」
男は驚いた。開いたその扉、その厚さが尋常では無かったのだ。軽く50pはあるだろうか。
確かに、さっき扉を開けようとした時、鍵が掛かっていて開かないというよりは、壁に相対しているかのようだった。

その鉄製の扉を一体どうやってこじ開けたのか、扉の先には修道女が立っていた。
漆黒のローブに、閉じた切れ長の目。ブロンドのロングヘア。礼拝堂で会い、懺悔室まで一緒だった修道女だ。
しかし、先程までと違うのは修道女は靴を履いておらず、裸足だった。

修道女は、裸足のままペタペタと水滴で湿った石畳のこの部屋に入って来た。

ギギギギ・・・

男は驚愕した。

何と、修道女はこちらを向いたまま、後ろ手に片手で分厚い鉄扉を閉め始めたのだ。
ガンッという音がして、程なく扉が閉まった。

「・・・・・な」
男は混乱した。目の前の女は悪魔か何かで、魔法の類で幻覚でも見せられているのだろうか。
扉の断面には鍵らしき物は一切付いていなかった。純粋な、只の鉄の扉。ただただそれが、分厚く大きく重いだけ。

「貴方は罪を犯しました」
修道女は静かに、そう告げた。男は何を今更、と思った。

「確かに、俺は人を殺した。しかし、それは仕方無かったんだ! それより、これはどういう状況なのか、教えてくれ!」
修道女は、男にもハッキリとわかるような悲しい表情をした。

「そうでは・・・ありません。貴方の最も重い罪は、"主の教えに反した"こと」
「主の教え・・・?」
「貴方は、"嘘"を吐きました。懺悔室での私は、主の代行者。その私に嘘を吐くということは、主に嘘を吐くことと同義」
「・・・嘘? お、俺は嘘なんて吐いてな・・・・・う」
修道女の顔は、悲しみの色から怒りの色へと変わっていた。男にもそれがわかったのだ。

「数年前、この丘を下ったところの村はずれにある、幸せな農夫一家を、悲劇が襲いました」
今度は、男の顔色が変わる。

「働き者のの夫、村でも美人で評判の妻。男の子と女の子、二人の子供に恵まれ幸せな家庭を築いていました。
 しかし、ある夜。その家族は何と、物盗りに襲われたのです。
 物盗りは、まず夫の胸を斧で一突きに殺し、妻の口を塞ぎ、先ずは女の子を犯し始めました。
 それに気付いた男の子は、逃げようとしましたが物盗りはそれに気付き、近くにあったナイフで男の子の背中を一突きにしました」
修道女は続ける。

「そして、女の子を犯すことに飽きたのか、女の子の首を絞めて殺し、今度は妻を犯し・・・そして、殺しました。
 実は、物盗りの目的は、美人で評判の親娘を犯すことだったのです」
「・・・・・・・」
男は答えない。修道女は尚も続けた。

「しかし、男は気付きました。斧で殺したはずの男の子が居ません。
 実は、男の子は死んでおらず、瀕死の重傷を負いながらも、必死にこの教会を訪ねたのです。
 男は、血の跡を辿ってこの教会に辿り着きました。
 しかし、中に入るも、そこに居たのは、夜な夜なパイプオルガンを弾く修道女ただ一人・・・」
「・・・・・。あの時の修道女はお前だったのか」
男は口を開いた。しかし、構わず修道女は続ける。

「男の子は、息も絶え絶えに"願い"ました。『お母さんと妹を助けて』と。
 そして、『お父さんを殺したあの男を殺して』と・・・・・。そのまま、男の子は息を引き取りました」
「じゃあ、あのパイプオルガンは・・・」
「そう、鎮魂歌です」

「・・・で? 俺をどうしようと・・・?」
そういいながら、男は既に現状の整理を始めていた。密室だが、目の前にはただの女が一人。
扉も何かトリックがあるのだろう。恐らく、扉の向こうには外への通路もあるはず。
障害は、目の前のこの女ただ、一人。

「懺悔室で、もし貴方が罪を正直に告白すれば、主の教えの下に、貴方を赦すつもりでした。
 主の信徒であるならば、主は何人にも寛容なのです。しかし・・・」
修道女の語気が強まる。

「主に対し、貴方は嘘を吐いた。それはもう、貴方が主の信徒ではない、異端者という証し。
 そして、異端者が主の信徒の尊い命を奪った。これは、断罪されるべき、由々しき事態。
 また、それは、幼き命の最期の"願い"でもあるのです」
「・・・断罪? へっ、笑わせるぜ。アンタみたいな一端の修道女がこの俺をどうしようってんだ?」
男は力瘤を作って見せた。こんもりと大きな力瘤が盛り上がる。

「ああ、そうさ。身体が悪くて食べ物欲しさってのも真っ赤な嘘さ。
 村一番の美人だってっいうからその身体を味わってみたくなったのさ」
へへへ、と男は卑しく舌なめずりをした。

「見たところ、アンタも美人だし良い身体してるじゃねーか」
完全に目が慣れた今、初めて正対した目の前の修道女の全身がハッキリと見えた。
背が高くて体格が良く豊満で、胸はローブを押し上げるほどに大きい。

「アンタを味わってからここを出ようと思ってたんだ。手間が省けたぜ」
「貴方がここで快楽を味わうことはありません。もう二度と。
 それは、私が貴方をせめてもの慈悲で主の下に送って差し上げるからです」
静かに、ゆっくりと修道女の目が見開く。切れ長の目に相応しい、綺麗なブルーの瞳。

「何だアンタ、目が見えるんじゃねーか」
「普段、目を閉じているのは私の罪に対する罰。
 この身体で、主の代行の名の下に人を殺めてしまう罪への贖罪」
シュルシュルッという衣ずれの音。修道女は、男の目の前でローブを脱ぎ捨てた。

「何だ、アンタも誘って・・・・・なっ!?」
男が目にしたもの。それは、修道女の裸同然の姿だった。
大きな胸と、股間を隠すように、申し訳なさ程度に身体に巻かれた布状の下着。
その下着として巻かれた布もまた、漆黒だった。しかし、ローブとは違い、鉄分を含んだようなドス黒い漆黒。

「何なんだ、その身体は!!」
男が驚くのも無理は無い。
ローブの下に隠れていた修道女の肢体。それは、およそ女性のモノとは到底思えないような代物だった。

大きく広がった肩幅。その肩から伸びる腕には、男の腕が細い枯れ枝のように見えるほどに太い上腕。
胸を覆う布の下からは綺麗に6つに割れた堀の深い彫刻のような腹筋。
腰巻から伸びる太腿は、男がいつも伐っている大木と見紛うほどだった。

そして、ダランと伸ばした状態でも、爆発的に盛り上がる力瘤を見て男はやっと気付いた。
修道女は、あの鉄製の扉を開けるのに何もトリックなど使っていない。
純粋な、腕力のみであの扉を開けたのだ、と。

男は、絶望した。
仮に、目の前の修道女を何とかしたとしても、自分の力ではあの扉を開けることは出来ないのだ。
だが、男は諦めなかった。
この修道女を犯し、手篭めにして言う事を聞かせれば・・・、そんな叶いもしないような夢想を思い描いた。

「ここは元々、"魔女狩りの丘"と呼ばれていました。かつて、ここで異端審問が行われていたのです。
 上の懺悔室は仕掛け部屋になっていて、審問に引っ掛かった者を何人もここに落としました。
 その、なれの果てが"それ"」
修道女が目線を送った先、部屋に隅に数多く横たわる骨。

「ひぃっ!!」
「濡れ衣を着せられただけの、罪のない者も数多くここで断罪されました。
 そのせめてもの贖罪に、と、この教会の修道女はこの部屋で真に罪深い者に罰を与えるようになったのです。
 私はひたすら、連綿とそれを受け継いで行くだけ・・・」
修道女は、再び悲しい表情をした。

「それと、そのバケモンみたいな身体と、何の関係があるんだよ!」
「私たち、修道女は主の教えにより、刃物を使うことを固く禁じられています。
 ならば、せめてもの手向けとして、この身体そのものを処刑道具として極めたのです」
修道女が一歩、男に近付く。
それは、神話の時代の力の神が、女性として顕現した、そんな神々しくさえ思えるような筋肉美。
それがまた一歩、男に近付く。

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」
男は半狂乱になりながら殴り掛かった。
樵で鍛えた腕で、殴る、殴る。
力の女神の筋肉を、力一杯、殴る、殴る。

しかし、男の渾身の打撃を受けながらも、それを全く意に介していないかのように
修道女は平然と一歩、また一歩と歩を進める。

いつしか二人の距離は、修道女の大きな胸が、後一歩で男に触れる、そんな至近距離になっていた。
男は、肩で息をしていた。両の拳も、赤く大きく腫れ上がっていた。
まるで、鉄の鎧を着た騎士を殴っていたかのように。

「もう気は済みましたか? では、断罪を始めましょう」
「ひぃぃっっっ!!!」
修道女はそう、冷たく言い放った。

「この斧を掴む手が、農夫だった夫を殺したのですね・・・」
修道女は、男の右手を掴み、男の目の前に持って来た。

ギリギリ・・・・・メリメリメリッ・・・・・グシャッ!!

「う、うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
ものの数秒、そのたった数秒で男の右手は潰された。
しかし、まだ終わらない。

グチャッ!! パキッ! ベキバキッ!!! グチュッ!!!

修道女の驚異的な握力の締め付けは、あれだけ腫れ上がっていた男の右手が、
その男の眼前で、小さな、丸い球体状の肉塊に変わるまで続いた。

「この左手で、美しい妻の股を弄ったのですね・・・」
修道女は、今度は左手で男の左手首を掴むと、右手で男の左手を掴み何と、捻り始めたのだ。

グリッ・・・ポキッ! グリッ・・・ボキッ! グリッ・・・バキバキッ!

何回転しただろうか。
何重にも捩じられた男の左手首は、今にも千切れそうなぐらい細くなっていた。

「やっ、やめっ・・・や・・・・・・」
男の顔は、涙と鼻水でグチャグチャになっていた。呂律も回らず、まともな言葉が出て来ない。

「そして、この両腕で女の子の首を絞めた・・・」
修道女は、男の両手首を左手1本で持ち、吊り上げた。男の身体が、床から数pほど浮いた。
勿論、男の身体を片手で持ち上げるなど、あの鉄の巨大扉を開けることに比べれば造作もないことだった。

しかし、恐るべきはここからだった。

ガッチリと掴んだ左手、その下辺りの男の2本の前腕を、修道女は右手で包み込むように手を添えた。
そして、力を篭め、その右手を徐々に閉じて行った。

男の2本の前腕、それを丸ごと。

バキバキッ! グチャグチャグチャッッ!!

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
強力な圧縮を掛けられた男の2本の前腕は、1本の細い棒になっていた。
そして、それを上腕への到達に向けて、繰り返して行く。

気付けば、男の肘から先は、ただ1本の細い、細い、棒切れと化していた。
男はもはや、意識朦朧として、視点が定まっていない。

「やはり、主は寛容で且つ、寛大です。男の子の"願い"が、
 この激痛であっても貴方の意識を留め、命の炎を容易く消すようなことはしなかった」
普通なら死んでいてもおかしくないような激痛でも、男は死なず意識も完全に失わなかった。

「さぁ、最期です。真っ先に男の子を殺そうとしたその悪意。
 その元を今、絶ってあげましょう。それで、貴方の断罪は終わり、罪も雪がれる」
もう満足に立つこともままならない男を、支えるようにして
左腕を背中に、右腕を腰に回した。

ギリギリ・・・ミシッ・・・メリッ・・・

万感の思いをその両腕に込めて、ゆっくりと男を締め上げる。

パキッ・・・バキッ・・・バキバキッ・・・

「これで、貴方の罪も、主はお許しになられるでしょう・・・」

バキバキバキバキバキッッ・・・グチャグチャ・・・グチャッッッ!!!!!

男の上半身は、力の女神の筋肉に埋もれ、その下着の布の、新たな"染み"となって刻まれたのだった。


おわり





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