筋肉先生

「初めまして。この度、この学校に赴任して参りました、三枝葉子(さえぐさようこ)と申します。」
三枝葉子と名乗った女性教師は、教壇でペコリと頭を下げた。
まだ若く、歳は25ぐらいだろうか。小柄な教頭と並んで立っているからか、かなり背が高く見える。
大きめの上着に、下はフレアのロングスカートといった落ち着いた出で立ちだ。

「え〜、始業式でも紹介した通り、三枝先生は非常勤講師ではありますが〜
 今お休みされている担任と副担任に代わってこのクラスを受け持つことになります。
 担当教科は、保健・体育を担当して貰います。」
そう言うと、バーコード頭の如何にもな教頭は「後はよろしく」と、
葉子どころかクラスの生徒にすら一瞥もくれず、そそくさと教室を出て行った。



ここは県下でも有数の、いわゆる"悪ガキ"の集まる男子校。
ここの卒業生は、大半が暴力団か刑務所に就職と言われるぐらい札付きの高校だった。

県内どころか、県外にまで轟く悪名高いこの高校においても、最悪とまで言われる3年G組。
担任と副担任がこの半年で6回、つまり一月に一度のペースが教師がリタイヤするこの最悪クラスに
何故か、葉子のような若手教師が転勤になってしまったのだ。


クラスを見渡すとこれが本当に高校生なのか、と疑いたくなるような子たちばかり。
ピアスやタトゥーは当たり前。リーゼントに金髪ロン毛にドレッドヘア。不良の一大博覧会のようだ。
しかも、最近の高校生は発育が良く、ガタイの良い生徒が何人も居て迫力はさながらサファリパーク。

「センセー、何でそんなにオッパイがデカいんスかー、ギャハハハ」
「ハクでも付けようと見栄張って、詰め物でもしてんじゃねーの」
ギャハハハ、とあちこちで嘲笑の声が上がる。

「あはは・・・つ、詰め物じゃないわよ。ちょっと、先生ぽっちゃりしてるだけで・・・」
確かに、葉子の胸は一般女性のバストサイズと比べると、服の上からでもハッキリとわかるぐらいかなり大きかった。

「でもセンセー、女の割には何かガタイも良くないっスか?」
「食い過ぎじゃねーの」
ギャハハハ、とまたしてもあちこちで嘲笑の声が上がった。
恐らく、品定めをしているのだろう。ここで嘗められたら私も他の先生と同じ末路を辿りかねない。

「先生、子供の頃からスポーツやってたから、ちょっとお肉付いちゃってるだけなのよ」
そう言って、何とか誤魔化そうとしたが・・・

「でもよ、何でそんな厚着してるわけー?」
実は、葉子は"素のままの体型"をあまり人前で晒すのが嫌だった。
だから、例え太って見えてもいつも大きめの上着を着ているのだ。

「詰め物してないっつったけどさ、だったらそれを証明してくれよ」
「オラ、脱げっつってんだろ。ハッキリ言わなきゃわかんねーのか!?」
だんだんと野次が汚くなり、ガンを飛ばす生徒まで出て来た。ヨソ行きの対応はもう終わりらしい。
ついにシビレを切らしたのか、高校の教室でありながらグラサンを掛けた生徒が教壇に向かって来た。

「ど、どうしたのかな・・・? えっと、お名前は・・・ごめんね、先生まだみんなの名前覚えてなくて・・・」
「うるせー、俺の名前なんてどうでも良いんだよ。早く上脱げっつってんだろ。
 何なら、俺が脱がしてやろうか? まあ、間違えて何枚か多い目に服を剥いじまうかもしんねーけどよ」
グラサンはギャハハハ、と下卑た笑いを浮かべた。しかし、教壇前まで来ると「ん?」という顔をした。
このグラサン、身長は高校生の標準的身長と同じぐらいで170pを少しオーバーするぐらいだろうか。
決して背が低いわけではないのだが、明らかに葉子の方が頭1つ分は大きかった。
この教室は、教壇でも段差が無いため、背の違いはすぐにわかる。

「何だ? アンタ、背も高ぇーんだな。こりゃ、ホントに女かどうか確かめなきゃいけねーなぁ」
そう言うや否や、グラサンは教壇を回り込んでこちら側にやって来ると何と、上着を剥ぎ取りに掛かったのだ。

「・・・え? ちょ・・・やめ・・・」
さすがに、葉子もまさかここまで手が早いとは思わず、面食らってしまった。
教室内では、いつの間にか「脱がせ」コールが沸き起こっている。
何とか脱がせまいと、腕をクロスさせて上着を掴んで防ごうとするが、グラサンの手付きは素早い。
しかも、ドサクサに紛れて事もあろうに胸を鷲掴みにして来たのだ。

ブチッ。何か、"スイッチが切り替わった"ような、そんな音が葉子の頭の中でした。

「やめてって言ってるでしょ!」
葉子は"つい"反撃してしまった。

ドンッ!!

葉子は、ホンのちょっと力を入れて押しただけのつもりだった。しかし。

ドガァァッ!!!

グラサンは、勢い良く2メートルぐらいは吹っ飛んだだろうか。それも、葉子の上着を掴んだまま。
しかし、葉子の上着を掴んでいたお陰で勢いが弱まって、幸いにも頭を打ってはいなかった。
さすがに、幾ら相手が不良でも、赴任初日から生徒に怪我させるわけにはいかない。
しかし、体型を隠すには打って付けの、葉子お気に入りの上着がビリビリに破けてしまった。

教室が一瞬にして静まり返る。

グラサンが吹っ飛ばされたことが原因ではない。みんな、葉子の体型を見て呆気に取られたのだ。
特大のスイカップバストがこれでもかとブラウスの胸の部分を押し上げている。
しかし、クラス全員が驚いたのは上着の上からでも見て取れたこの爆乳にでは無かった。

葉子の上半身の、バスト以外の部分にこれでもかと盛り上がった筋肉。

太い首から連なる僧帽筋、肩の三角筋の隆起はブラウスの上からでもハッキリとわかり、
その三角筋から伸びる上腕には、ただ伸ばしているだけにも関わらずこんもりとした球体状の
それこそ、ハンドボールがそのまま腕にくっ付いたかのような特大の力瘤が袖をパンパンに張らせていた。
スイカップバストがブラウスの前面を押し上げているため、服の上から腹筋は見えないが
それでも、その腰の細さから極限まで鍛えられた超逆三角形体型だということは誰にでもわかった。

上着の下に着ていたのはブラウス1枚だけ。そう、筋肉の鎧が厚着していたように見せていただけなのだ。

破れた上着の切れ端を握り締めながら呆然としているグラサンに、葉子がツカツカと歩み寄った。

「突き飛ばしてごめんなさい。大丈夫だった? どこも・・・」
一見、優しい口調だったがその行動は更に周りを驚愕させた。

葉子は右手でグラサンの襟首を掴むと、そのまま高校生はいえ大の男をヒョイッと
いとも簡単に持ち上げてしまったのだ。

「・・・怪我は無さそうね、良かったわ」
まるで猫でも扱うかのようにグラサンの襟首を持ったまま、グラサンの身体を半回転させて怪我が無いことを確かめた。
勿論、グラサンの身体は宙に浮いている為、上履きがちょうど葉子の膝あたりにある。

「・・・クッ、離せ!」
グラサンはジタバタと暴れたがまるで抵抗になっていなかった。
しかし、用を終えたとばかりに、葉子はグラサンを優しく着地させた。

「あ〜あ、私のお気に入りの一張羅だったのに・・・」
「な・・・なんだぁ!? お、俺が悪いってのかよ!」
そう凄んでみたものの、グラサンが及び腰になっていたのは誰の目にも明らかだった。

「そんなに、私のオッパイを味わいたい? だったら、存分に味あわせてあげる」
そう言うと、葉子はグラサンの手を掴むと、一気に自分の方へ引き寄せた。
左手でグラサンの頭を爆乳に押し付け、右手でグラサンの背中を押さえ込む形で抱き締めた。
これが、夜の公園とかであれば、身長差カップルの抱擁に見えたかもしれない。
しかし現実は、強烈な力で締め付けられる悶絶プレスホールドだった。

ギリギリギリ・・・・・ミシッ・・・

男なら誰もが一度は羨むであろう、爆乳に顔を埋もれるという行為。
確かに、グラサンはその快感を感じていた。しかし、全く呼吸が出来ない。
呼吸困難でオチそうになるが、葉子の右手の圧迫による背骨とアバラが軋む痛みで目が覚める。
数秒の間に何度も何度もそれを繰り返した。すると。

ポタッ ポタッ ポタッ

とグラサンのズボンの裾から何か液体が滴り落ちて来た。

「うげ。コイツ、オッパイの気持ち良さで漏らしてやがるぜ」
端から見れば、爆乳の感触でイッってしまったようにしか見えないだろう。
だが、爆乳の快感と、呼吸困難と骨が軋む痛みの交互の苦しさ、その今まで味わったことのないような拷問に
耐え切れず、ついに失禁してしまったのだ。

「どう? 気持ち良かった? これで私のこと、女だって認めてくれるかしら」
葉子は、周りからはわからない形でグラサンに上着の借りを返したのだ。
"本気"を出せば、もっと痛め付けることも出来たが、それを補って余りある"辱め"を与えられたのだから充分だろう。

「さて。今日は始業式だけだったからこのLHR(ロングホームルーム)で終わり。
 それじゃあ、悪いけどこのグラサンの子の後始末はお願いね」
そう言って、葉子は教室を後にした。


その夜。


ギシッ・・・

ギシッ・・・

ギシッ・・・

鉄製のシャフトの軋む音が断続的に聞こえて来る。

リズミカルに、しかし力強く、バーベルが葉子の手によって上下していた。
バーベルのウェイトは、20sと書かれたものが片側に4つ。つまり、シャフト込みで計170s。
その超重量級のバーベルが"2本"、交互に挙げ下げされていた。
何と、片腕で1本ずつ、両腕で合計2本のバーベルを挙げているのだ。

葉子が編み出したオリジナルワークアウト、ダブルワンハンドバーベルカール。
上手くぶつからないように、交互に両腕でバーベルを挙げ下げするには腕力は勿論、コツが要る。
だが、既存のダンベルではもう重さ的に満足行かないのだ。


ここは、郊外にある葉子の自宅。

学校の時とは違い、Tシャツと短パンといった感じでかなりラフな格好に着替えている。
そこにあるトレーニングルームで、ウェイトを挙げながら一日の反省会をするのが葉子の日課だった。

ギシッ・・・

「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。また、やっちゃったぁ・・・」

ギシッ・・・

「お気に入りの特注の上着もダメにしちゃったし・・・」

ギシッ・・・

・・・・・・・・

ギシッ・・・

「まさか、いきなり胸を触られるなんて・・・」

ギシッ・・・

・・・・・・・・

ギシッ・・・

ピリッ・・・

ギシッ・・・

ビッ・・・・・ビリビリッ!

「え?」
布が裂けるような音でふと我に返る。あまりにトレーニングに熱が入って、時間を忘れてしまっていたのだ。

時計を見るとバーベルカールを始めてかれこれ1時間は経過している。
充分過ぎるぐらい血液が循環し、極限までパンプアップした力瘤。
その隆起にに耐え切れず、Tシャツの袖の部分が避けてしまったのだ。

「あー、またやっちゃった。・・・もう、タンクトップにした方が良いのかなぁ」

おもむろに右腕を曲げてみる。元々、伸ばした状態でさえハンドボールの半球ぐらいはあろうかという巨大な力瘤。
それが更に二回りも、三回りも大きくなり、上腕二頭筋は完全な球が乗ったような状態になっていた。
その力瘤を、空いた左手で触ってみる。力を抜いた状態でも、上質のタイヤのゴムのように強烈な弾力がある。

ぐっ・・・

右腕を曲げた状態で力を篭める。

・・・モコモコッ!

これ以上は大きくはならないだろうと思われた力瘤が更に、更に一回りは大きくなった。
とても、衣服の袖が通るとは思えない。

「また、力瘤大きくなった気がする・・・。女の子なのに、こんなに筋肉モリモリなのがおかしいんだよね、きっと・・・」
着衣がラフな分、学校ではブラウスやスカートで隠れていた部分が露になっていた。

爆乳スイカップバストが、Tシャツをカーテン状に押し上げているので、腹筋がまるまる露出している。
6XLという外国産の特大Tシャツなのだが、爆乳プラス背筋で閊(つか)えてしまって腰まで裾が届かないのだ。
そのカーテンの下から現れる腹筋は、見事な6分割のブロック体を形成している。
その割りに腰は、砂時計のようにキュッと括れていて、ギリギリまで絞り込まれているのがわかる。
短パンから伸びる太腿は、成人男性のウェストぐらいはありそうな太さでありながらも、
しなやかで、ラグビーボールをそのままスケールアップしたようなフォルムだった。


葉子のこの、長身、爆乳などの恵まれた体躯は両親の血を色濃く受け継いでいる。
葉子の両親は、父親はかつて現役時代は怪力でならした元プロレスラー、
アメリカ人の母親も、北米のショーアップ系のプロレスで活躍した爆乳レスラーだった。

しかも、両親共にトレーニングマニアで、「健全な筋肉には健全な精神が宿る」との持論から
葉子には、幼少の頃からトレーニング器具以外の玩具を一切与えず、
また、トレーニングを"遊び"として教えたのだった。テレビさえ観せなかった。

そうした両親の徹底したトレーニング至上主義もあってか、
葉子は、トレーニングルームを"遊び場"としてスクスクと育って行った。


それが世間一般的に「おかしい」と気付いたのは葉子が高校の頃だったが、もうその時には既に遅かった。
葉子自身が、トレーニングなしでは生きられない身体になっていたのだ。

でも、いつしか女の子が「筋肉モリモリで怪力」という状況を恥かしく思うようになり、
力や体型を外では隠すようになっていった。
真夏でも、徹底して長袖にロングスカート。体型を完全に隠し、筋力も目立たないように常にセーブした。

しかし、それがストレスとなり、家でのトレーニングでそのストレスを発散。
それにより筋量・筋力アップに繋がる、という完全な悪循環に陥っていた。
肉体的には好循環なのだが、精神的には明らかに悪循環だった。
そして、そのバランスが大きく崩れた状態で恐怖や過度の精神的圧迫を受けると、今日のように"爆発"させてしまうのだ。


実は、今の県内最悪の高校に転勤になったのもそれが原因だった。


話は、2ヶ月ほど前に遡る。

そこは、スポーツに特に力を入れている私立高で、数多くのプロアスリートを輩出していることでも有名な高校だった。
しかし、そういう学校は得てして、プライドの高い者ばかりが集まる傾向にある。
葉子の同僚だった、体育教師の前野も例外ではなかった。

「どうしたんですか、前野先生。こんなところに呼び出したりして・・・」
そこは、放課後のトレーニングルームだった。
さすがはトップクラスの私立高なのか、広い上に設備も最新式のものばかりで、一流ジムにも引けは取っていない。

「いえ、運動部の生徒からトレーニング器具が痛んでるって報告がありましてね。
 一度、体育教師の有志で器具のチェックをしようってことになったんですよ」
「・・・はぁ。その割りに、私と前野先生しか居ないようですけど・・・」
「すみません。皆さん、教育委員会とかで忙しいらしくて・・・」
葉子は、この前野に前々から事あるごとに言い寄られていた。
しかし、決定的な告白はして来ず、断りにくいようにのらりくらりとモーションを掛けて来るため、
葉子も、なかなか断るに断れなかった。

この前野、顔はそれなりにイケメン風で元ラガーマン、というところまでは良いのだが
筋骨隆々で自分の筋肉に陶酔する癖があり、時折まわりに力瘤を見せびらかしては、
陰で"マッスル前野"と揶揄される始末だった。

「・・・ねぇ、三枝先生・・・いや、葉子先生」
「・・・ちょっと、下の名前で呼ばないで下さい」
「俺たち、そろそろ次の関係に進みませんか?」
「・・・はぁ? 変なこと言ってないで、前野先生も器具のチェック始めて下さい」
一度もOKしていないのに、いつからそんな関係に・・・、と葉子は呆れながらも
目の前の最新式のマシンをゆっくり触れることに喜びを感じていた。

この学校は生徒数も多く、当然ながら生徒優先なので、教師である葉子はなかなかここの器具を使えないのだ。
葉子は、自分はつくづくトレーニングジャンキーだとは思いつつも、興奮を隠し切れない。
後ろの暑苦しいナルシスト筋肉男よりも、眼前の最新式マシンの方が何倍も葉子を興奮させた。

そう。あまりの興奮に、"後ろ"に居た前野のことを完全に忘れていた。


「葉子!!」
ガバッ! 何と、前野はいきなり葉子を背中から抱き締めたのだ。

「な! ちょっと、前野先生! 何なさるんですか!!」
葉子は、完全に油断していた。前野の力は意外と強く、簡単には引き剥がせない。
葉子は、腕ごと抱き締められたため、上手く力を入れられないのだ。

「葉子、君はいつになったら僕の気持ちをわかってくれるんだ!
 こんなにも、僕は君のことを想っているのに!!」
「だから、私は前野先生のことは別に・・・。とにかく、離れて下さい!」
"本気"で引き剥がそうかとも思った。前野の体格なら大した怪我はしないかもしれない。
だが、こんな鉄製の器具の多い部屋で、変に吹っ飛ばして打ち所が悪かったりしたら洒落にならない。

「僕は、君のような筋肉女が理想なんだ! ・・・いや!
 君のような筋肉女なんて、僕でなければ愛せないんだ!!」
「・・・・・えぇ!?」
「君のその、鍛えられた肉体は、服の上からでもわかった。いや、僕だからこそわかったんだ。
 そしてこの前、着替えを覗いて想像は確信に変わった。君は、この僕にこそ相応しい!」
「・・・!? 着替えを・・・覗いた・・・ですって?」
一瞬、葉子の顔に怒りの形相に変わった。しかし、直ぐににこやかな表情に戻る。

「前野先生♪」
葉子は、努めて甘い声でそう呼ぶと、"気を付け"の状態だった両腕を、まるで"伸び"でもするかのように広げた。
それは本当に、普通に"伸び"の姿勢を取ったかのようで、力を入れたようには見えなかった。
しかし、前野の腕は簡単に引き剥がされ、後ろによろよろとよろめいた。

「そんな・・・力一杯抱き締めてたのに・・・・・予定が狂うじゃないか」
そのまま押し倒すつもりだったのに、と舌打ちした。

「あれで、力一杯・・・? フフフ・・・・・クスッ」
葉子の嘲笑。

「何がおかしい! ちょっと油断しただけだ。まるで君の方が力が強いみたいな言い回しはやめてもらおうか」
前野は何を思ったのか、いきなりジャージの上着を脱ぎ始めた。しかも、ジャージの下には何も着ていない。
上着を脱ぎ捨てると、上半身裸で何と、ポージングを始めたのだ。

「? 何を・・・しているの・・・?」
さすがに葉子も、この前野の奇行には面食らった。

「見てわからないかい? 君に僕の筋肉の素晴らしさを教えてあげようというのに」
前野は、話しながらも様々な筋肉を誇示するポーズを取っている。
一般男性からすれば充分に逞しい身体と言えるだろう。しかし、葉子にとっては・・・

「いいわ。アナタのその下らない行為に付き合ってあげる」
そう言いながら、葉子も上着を脱ぎ捨てた。

「下らない? まだ、そんなことを言っ・・・・・えっ?」
前野はここで、初めて自分が勘違いしていたことに気付いた。

確かに、葉子の上着ごしのシルエットは身体を鍛えている者のそれだったが
葉子の上半身の肥満系と思しきボリュームは、厚着をした結果だと思っていた。
しかし、実際は上着の下はブラウス1枚。
ブラウスの上からでもハッキリと形のわかる僧帽筋、三角筋、上腕二頭筋。
さすがに、この下には下着しか着けていないのは間違いない。

着替えを覗いたといっても遠目からで、まさかここまでボリュームがあるとは思わなかったのだ。

「何なんだ! その身体は!!」
「何・・・って。見た通りよ。この下はスポーツブラだけだし、アナタの前で下着を晒すつもりはないから
 これ以上は脱がないけど、もう充分わかったでしょ?」

「へっ、どうせステロイドで作った、見せ掛けの筋肉だろ。いや、そうに違いない」
「ステロイド? プロテインは飲むけど、クスリなんか使わないわよ。だって私、そもそも筋肉に興味ないし」
「・・・・・っ!」
「私は、鍛えるのが好きなだけなの。筋肉フェチの癖にその程度のボディで威張ってるアナタと一緒にしないでくれるかしら」
葉子は、肩の高さでバイセップスのポーズを作り、力瘤を盛り上げた。

ミチミチッ

軽く力を入れて腕を曲げるだけで、上腕二頭筋の隆起がブラウスの袖をパンパンに張らせた。
実は、葉子は五分ぐらいにしか力を入れていない。入れ過ぎるとブラウスの袖を破いてしまいかねない。
前野をビビらせるにはこの程度で充分だと思ったからだ。前野のためなんかにブラウスをダメにしたくなかったし、
アナタなんか、全力を出すまでも無いのよ、という侮蔑の意味を込めた行為だった。

現に、今の状態でさえ、腕の太さは前野の腕の倍近い。しかし、その絶望感が前野を逆上させた。

「このアマぁ〜〜! 女のくせにそんなに筋肉付けて、気持ち悪いと思わねぇのかよぉ〜!!」
叫び声を上げながら、前野は何と殴り掛かって来たのだ。

だが、身のこなしも葉子の方が1枚も2枚も上だった。前野は、パンチを放つが当たらない。
業を煮やした前野は、意を決して渾身のタックルを放った。ラガーマン仕込みの高速タックル。

ドン!

という、硬い何かと何かがぶつかる音。

葉子のお腹に、前野が肩からブチかましたのだ。しかし、それだけだった。
前野は、押し倒してマウントを取ろうとでも考えていたのだろう。
だが、前野は恐怖した。
さっき、背中から葉子の腕ごしに抱き付いたときには気付かなかった、正面からぶつかって初めてわかる腹筋の硬さ。
テイクダウンを取ろうとして、スカート越しに触れてわかる、大地を支えるアトラス神の如き極太の太腿。
自分の力では、この目の前の女性を倒すことは愚か、一歩たりとも動かせないという絶望感。

「気が済んだ? そういえば、覗きのお仕置きもしてなかったわね」
「ひぃっ!」
葉子は、右手で前野ののど輪を決めると、そのまま右腕1本で宙高く前野の身体を持ち上げた。

「・・・ぅ。そ、そんな。僕の身体は100s近いんだぞ! それを片手で・・・」
「悪いけど・・・100s程度じゃ、ウォーミングアップにもならないのよ」
このまま、左手でサバ折りに決めても良かったが、葉子は良い考えを思い浮かんだ。

筋肉ムキムキの前野を片手のど輪で持ち上げながら、葉子はスタスタと軽やかにトレーニングルームを歩いて行く。
その闊歩する様は華麗で、とても大の男を宙高くリフトアップしているようには見えない。

葉子は、とある器具の前で立ち止まった。ベンチプレスマシーンだ。
ラックには、20sプレートが3枚、両側に計6枚。つまり、シャフト合わせて130s相当のバーベルが置いてあった。
実は、前野が自慢の筋肉を見せ付けようと、葉子が来るまでこのマシンでトレーニングしていたのだ。
だから前野には、バーベルを見ずともその設置された重量がどれだけかが手に取るようにわかった。

「多分だけど・・・、アナタだとこのぐらいの重量を必死に挙げてそうね?」
そういって、葉子はベンチプレスのラックのバーベルに手を掛けた。

「・・・ま、まさか」
その、まさかだった。

前野が両腕で必死に持ち上げていた130sのバーベル。それが今、目の前でリズミカルに上下している。
葉子の片腕によって。軽々と。葉子お得意の、ワンハンドバーベルカール。
勿論、本来であれば片腕で扱えるような代物ではない。
しかし、葉子にとっては130s程度のバーベルならダンベルと扱いは変わらない。

しかも。

今度は、バーベルの上下に合わせて前野を持った右腕も上下させ始めた。
右腕の前野が挙がれば、左腕のバーベルが下がり、
左腕のバーベルが挙がれば、右腕の前野が下がる。

イチ、ニ、イチ、ニ・・・

まるでラジオ体操でもやっているかのように、リズム良く正確に2つの"ウェイト"が上下する。
しかし、まだ終わりではなかった。

今の運動を20セットぐらい終えたぐらいで何と、葉子はバーベルを持った左腕を肩の高さで90°に固定した。
いわゆる、バイセップスポーズの直前の、腕が垂直の状態だ。
その腕の体勢を、130sのバーベルを持ちながら作ったのだ。

そこからまた、先程の運動を再び始めた。

肩の高さで90°に曲げた左腕を、頭の上まで伸ばしてバーベルを宙高く持ち上げる。
そのターンで、前野を持った右腕は肩の高さで90°になる位置まで下げる。

右腕を前野ごと頭の上まで伸ばすと、左腕を肩の高さで90°になる位置まで下げる。

後は、それを交互に繰り返した。

イチ、ニ、イチ、ニ・・・

これは、テレビでたまにやっている、よくあるダンベルエクササイズの一種だ。
しかし、1sや2sのウェイトでやるのが普通である。
それを、大の男がベンチプレスで必死に両腕を使って、やっと持ち上がるほどのウェイトで行っているのである。

前野は、呆然としながらされるがままになっていた。最早、言葉は出て来ない。
つるべやシーソーのように、自分の身体と交互に挙げ下げされるバーベル。

重量的には当然、バーベルの方が重い。
それがリズミカルに、葉子の腕の曲げ伸ばしで持ち上がり、下がる。

もう何十セット繰り返しただろうか。
前野は、あまりの状況に恍惚としている。
一方の葉子も、いつしか前野のことを忘れ、この上下運動に完全に集中してしまっていた。

ピリ・・・

ビリ・・・ビリビリッ!

布が裂けるような異音で葉子は、ハッと我に返った。
よく見ると、明らかにパンプアップして肥大化した上腕がブラウスの袖を引き裂いていた。

「あー。結局、やっちゃった・・・こうならないように気を付けてたのに」
気付けば、辺りはもう薄暗くなり始めていた。陽も沈み掛けている。

左手のバーベルをラックに戻し、右手の前野をワザと一番高いところで手を離した。
ドカッと大きな音がして、前野が思い切り尻餅を付いた。
前野は、へたり込んだまま葉子を見上げた。

ブラウス越しでもハッキリとわかる逞しい上半身。下半身もスカートに隠れてはいるが、
自分の胴ぐらい太い剛脚が隠されているのはもうわかっている。

「これは、サービスよ♪」
折角破いちゃったんだから、と葉子はダブルバイセップスのポーズを取った。
少し前の五分の力のバイセップスとは違う、パンプアップさせた上での渾身のダブルバイセップス。

もうそれは、腕の範疇を超えていた。
上腕二頭筋は、一つの筋肉の塊となり、上腕に巨大な球状のドームを形成した。
肩の三角筋、前腕筋の隆起も凄まじいため、葉子の上腕からは隙間がほとんど無くなる。
さっきの怪力エクササイズも、この豪腕だからこそ可能なのだろう。


「・・・は、はははは・・・ははは」
「ん? え、ちょっと」
ジョー。

前野がへたり込んだ辺りに水溜りが出来ていた。ジャージのズボンが濡れている。あまりの恐怖に失禁したのだ。
自分が誇っていた、筋量・筋力その全てにおいて完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。無理も無いだろう。

「はは、ちょっと遣り過ぎちゃったかしら・・・っていうか
 もしかして、やっちゃった・・・私?」
さすがの葉子も我に返った。気付くと、ブラウスの袖が破けている。
恥かしさですぐさま上着を着ようとするが、袖が通らない。
パンパンに張った上腕が、袖を通るはずも無かった。

「も、もうこれに懲りたら反省して下さいね、前野先生!」
仕方なく、上着を担いで部屋を出ようとすると・・・何と、扉には内側から南京錠が掛かっている。
外からの邪魔が入らないように、と前野が鍵を掛けていたのだ。

「もう!!」
あのお漏らしした前野から鍵を探すのも億劫だと思った葉子は、力任せに南京錠を引っ張った。

バキャッ!!

U字の部分がひしゃげて、鍵は何なく開いた。葉子の腕力をもってすればこの程度は何てことはない。
しかし、この格好のまま電車で帰宅するわけにも行かず、タクシーを使ったために余計な出費をしてしまった。
ただ、前野もあのまま放って置けば勝手に帰るだろうし、あそこまでやられて事態を公にもしないだろう、と
そう葉子は思っていたのだが・・・


何と、前野は翌日までずっと"そのまま"だった。

朝錬で登校した生徒に発見されたのだ。後から聞いた話だが、
一晩中、恐怖を思い出しては失禁、を繰り返したらしく朝までお漏らしの匂いが残っていたらしい。
そこから、昨日の顛末が公に発覚してしまった。

勿論、ほぼ全ての非は前野にある。それは間違い無かったのだが・・・
喧嘩両成敗的な判断で謹慎を喰らい、それなら、と転属を願い出たのだ。

生徒たちの間でも、私のことは「怪力筋肉化け物教師」との噂が立っていたらしく戻らなくて正解だったとは思う。


「前野先生も驚いてたけど、やっぱこんな私が異常なのかなぁ・・・」
葉子は、ベンチプレスでバーベルを挙げていた。特注の50sのプレートが左右に4枚ずつ計8枚。
シャフト込みで計410sの超重量級バーベル。それを考え事をしながらルーチンワークのように挙げ下げする。
まだまだ余裕、といった感じだった。

でも、普段の葉子は、どちらかというと気弱な方だった。
筋力が付くのもどちらかといえば嫌だし、筋肉を人前で見せびらかすなんて持っての他だった。
それに、筋量が増えれば増えるほど似合う服が少なくなるし、着られる服も限られてくる。

「この見っとも無い、馬鹿デカいおっぱいだけは小さくならないし・・・」
この見事なスイカップバストは、どれだけ筋肉が付いても落ちることは無かった。
しかし、この爆乳と括れたウェストが、これだけの筋量を誇る身体にも関わらず、葉子から女性らしさを失わせていないのも事実だ。

そして、それ以上に葉子はトレーニングが好きなのだ。
バーベルを挙げていれば、嫌なことは何でも忘れられる。徐々に、重いウェイトに変えて行くという達成感もある。


でも、それが今日のように好奇の目に晒されることも多くない。

「まさか、いきなり胸を触って来る生徒が居るなんて・・・」
今の学校は、前の学校の校長に口を利いて貰った。転勤の憂き目に立たされた、葉子の立場を慮ってのことなんだろう。
葉子も、それには感謝している。しかし、それがあそこまでのサファリパークだと思いも寄らなかった。

初日から、まさか"キレる"とは思わなかった。
葉子は、"キレる"と"スイッチが切り替わった"ように性格が大胆になってしまう。
その時の記憶はちゃんとあるので、決して二重人格というわけではない。
しかし、暴走が止まらなくなる。

今日、失禁した生徒以外にも悪そうな子は一杯いた。
辞めて行った先生の中には、レイプ紛いのことをされてノイローゼになった女性の先生も居ると聞いた。


「明日からどうなるんだろう・・・」
気弱なセリフとは裏腹に、常識外れのウェイトでのトレーニングは夜遅くまで続いたのだった。


おわり





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