小さすぎる僕 第3話

小学生時代3

「今までどこほっつき歩いてたの!富士夫にお客さんよ!」
 回覧板を出してくるだけのつもりが、健一の家で昨日の話を聞いているうちにずいぶん時間がたって
しまっていたようだった。・・・・・・え?お客さん?
「そう!何か知らないけど大きな女の子。部屋に待たせてあるから早く行きなさい!」
 大きな女の子って、まさか・・・とりあえず、自分の部屋へと向かった。

「こんにちは!おじゃましてます、山野君。どっか行ってたの?」
 やはり真帆だった。見慣れた自分の部屋に真帆の姿があると、違和感を感じるくらいやはり大きく
見えた。学校帰りなのか、制服姿でそばに赤いランドセルが置いてあった。
「どうしたの、山野君?」
「え!?あ、い、いや・・・こんにちはあ」
 焦って返事をした僕は声が裏返ってしまった。
「くすくす・・・山野君どうしちゃったの?変だよ今日」
「いいいいやなんでもないよ・・・ところで中村さんこそどうしたの急に?」
「うん。ちょっと山野君とお話したくて」
「話・・・?」

 とりあえず立ち話も何なので、座ってもらうことにした。とはいえ座るものがなかったため、ベッドに
2人で腰掛けた。座って並ぶと途端に身長差が縮んでしまうのが悲しかった。
「昨日のこと・・・ちょっと話しにくいけど、話すね。あれからあたし・・・」
「いっ!!いやいや、話しにくいんなら無理に話さなくってもいいから!」
「え?」
「あ・・・いや・・・その・・・」
 女の子の口から出てほしくない表現が飛び出しそうで慌てて遮ったのだった。
「ありがと。あたし、昨日はさすがに頭に血が上りすぎちゃって、色々ひどいこととか、今考えたら
すっごく恥ずかしいこととかいっぱいしちゃって、なんか・・・」
 男10人をパンツ1丁にひんむいたことや、高見丸八の尻を丸出しにして裸で投げ飛ばしたことなんか
を言ってるんだろうな・・・と感じた。そのあと言葉に詰まった真帆はみるみる赤くなっていった。
耳まで真っ赤になって全身をもじもじさせている真帆を見て僕は、こんなに大きくて、強くて、かっこいい
真帆だけど・・・なんか・・・かわいい・・・と思わず見とれてしまっていた。しかし、一瞬真帆と目が合うと
なぜかこっちまで真っ赤になってしまい、互いにうつむいたまま長い沈黙が訪れた。

「やだー山野君ったら!!なぁに赤くなってんのもー!?」
 ドン!! ・・・・・・ドガアアア!!
「あ・・・あがが・・・」
 真帆が照れ隠しのつもりか、僕を片手で突き飛ばした。恥ずかしさで力の加減ができなかったのか、
僕は人形のように3mほど吹っ飛ばされ、部屋の壁に激突した。
「キャッ!!や、山野君!!ごめんなさい!!・・・大丈夫・・・?」
 ・・・正直言って大丈夫じゃなかった。凄いコブができたし。・・・でも真帆に余計な心配をかけたくない
一心で隠し通した。痛かったけど。

「そ、そんなことより・・・昨日シャツ汚してごめん。弁償するから・・・」
「ううん、そんなの全然気にしなくていいんだよ!・・・それよりさ、あたしが今日来たのは、山野君が
今日朝から元気ないみたいだったから・・・気になって・・・」
「そうかな・・・いっつもこんな感じだよ、僕は・・・」
「そんなことない!朝会ったときからすっごい落ち込んでるみたいに見えたし、由美ちゃんに悪口
言われたときだっていつもの何倍もいじけてたし!・・・なんか悩みでもあるんじゃない?遠慮しないで
話していいよ!ね!」
「優しいね・・・中村さんって・・・こんな弱虫のチビにも・・・どうして?」
「どうしてって当然じゃない!!あたしたちは友達同士なのよ!それに自分で自分のこと悪く言っちゃ
ダメ!!あたし山野君のこと弱虫とかチビとか思ったこと1度もないよ!?自分に自信持たなきゃ!!」
「あ・・・ありがとう・・・でも本当になんでもないよ。心配してくれてるのはうれしいけど」
「ほんと?・・・なら安心しちゃった。でもなんかあったら、いつでも言ってね」

 真帆の気持ちは凄く嬉しかったけど・・・あのことだけはいうことはできなかった。由美を含む
クラスの女子グループに昨日リンチにかけられたことだ。これを真帆に話せば、由美たちは報復
として、僕が真帆に抱きしめられたときに鼻血を流しチンチンを大きくさせていたことを真帆に
言いつけるに違いなかったからだ。そうなれば当然僕は真帆から軽蔑されることになると思い込んで
いた。真帆に嫌われたくない!この一心だった。本気で心配してくれている真帆に対し、少し
後ろめたいものを感じずにはいられなかった・・・友達なのに隠し事なんかしたりして。

「もう山野君はいじめられたりしないんだから・・・山野君もみんなと仲良くしなくちゃダメよ。
休み時間とか、みんなで一緒に遊ぼ?1人でどっか行ったりしないでさ」
「で、でも・・・迷惑かかるし・・・」
「そういうこと言ってるからダメなの!みんなホントは山野君のこと、そんな悪く思ったりしてないん
だから!一緒に遊んでれば、すぐ仲良くなれるよ!」
「・・・うん・・・わかった・・・」
「ほんと?やったあ、絶対だよ!ふふっ!」
 真帆はまるで自分自身に嬉しいことがあったみたいに喜んでまぶしい笑顔を見せた。そんな真帆を
見ているとこっちの方まで何やら嬉しい感情が湧き上がってくるのだった。
「ありがとう中村さん。今日はほんとに・・・僕、なんか・・・」
「ううん、こちらこそ!山野君が元気出してくれたみたいでうれしい!
・・・あ、あたしそろそろ帰るね!また明日学校でね!じゃ、バイバイ!」
 ・・・真帆は帰っていった。

 1人になった部屋で、僕は何度も何度も深呼吸をしていた。・・・当然、真帆の残り香をたっぷりと
味わうためだった。・・・すーっ、はーっ、すーっ、はーっ、すーーーっ、はぁぁぁぁ・・・・・・
 ああ、なんて甘くていい香り・・・真帆の香り・・・ああぁたまらない・・・真帆ちゃああああぁん・・・・・・・・・
 ビンッ!!
 ・・・・・・ああぁ、また・・・う、ああ・・・中村さんごめんなさい・・・でも、気持ちいいぃ・・・・・・・・・

 次の日からというもの、僕は本当に全くいじめられなくなった。今まで僕をいじめた奴らも、
僕と顔をあわせたらわざわざ謝ってくれた。学級閉鎖が解除となったあと、健一をはじめとする5年生、
丸八をはじめとする6年生まで僕に謝罪した。それと同じくして、学校内のほかのいじめられっ子たちも
いじめにあうことはなくなったようだった。
 大げさな言い方をすれば、真帆の活躍によってこの学校に平和がもたらされたという感じだろうか。
・・・その手段はどうあれ。

 僕は真帆に本格的に憧れを持ち始めていた。かわいらしい顔つきに反してひとたび戦いとなると
男など足元にも及ばない強さ。その堂々たる体格。小学生離れした、いや女子高生なみの胸。
脚の長さ。きれいなセミロングの髪。おまけに成績も優秀でスポーツも万能。
そしてそれを鼻に掛けることなく、誰にでも分け隔てなく優しく接することのできる性格。
 外見も内面も、まさに見上げるような存在だった。でも向こうのほうから目線を合わせてきてくれる、
優しい子でもあった。僕の中ではすでに、女神様となりつつあった。

 真帆はまじめな子で、毎日制服をビシッと着用して登校していた。小学生といえば私服が普通だと
多くの生徒が考える中、真帆は少数派というか、学校指定の吊りスカートに上着、白のハイソックスに
白いスニーカー、そして赤いランドセル、上着には安全ピンで校名とクラス、名前の明記された名札も
しっかりと付けていたのだ。大概の生徒はそういう格好はダサいと思ったらしいけど、僕はそんな
真帆が凄く格好よく見えた。高い身長にキリッと乱すことなく着られた制服がとにかく決まっていて、
そんじょそこらの男子などよりよっぽど凛々しく、強烈に僕のハートを射抜いた。
 僕には絶対マネできなかった。しようものなら、1年生と間違われてまた大恥をかくに違いなかった。
なにせ僕は、目線が真帆の名札のあたりまでしかなかったのだから。

 体操服姿の真帆にも僕は熱い憧れを抱いた。同じ学年の小学生とは到底思えない体格。
体育の時間に男女対抗形式の試合などがあると、真帆はその圧倒的体格差と絶望的馬力差、
そして類まれなる運動神経でもって男子チームをまさしくコテンパンに打ち負かしていった。
 バスケットなら男子のディフェンスなどものともせず独走しての豪快なシュート、バレーボールなら
巨大な壁となって男子の得点を許さず、攻めに回れば超強烈なスパイクで男子のブロックを吹っ飛ばし、
相撲ならもはや言うに及ばず、といった感じで毎時間男子にぐうの音も出させなかった。
 真帆をキャプテンに据えた女子チームに毎回毎回手も足も出せず一方的に叩きのめされ、屈辱という
ドブ川に頭から突っ込まれる男子たち。それをよそに、僕は真帆に釘付けだった。勝敗などどうでも
よく、グランドや体育館を華麗に舞うブルマー姿の真帆に胸を熱くさせていたのだ。体操服の中で
物凄い迫力で躍動する胸。ブルマーがはちきれそうなお尻。激しく動くとお尻の谷間にギュッッと
食い込み、パンツは裾からはみ出て、ときにはお尻の肉までごく一部分はみ出ることもあった。
太陽に照らされてまぶしく光る太腿。汗ばんだ真帆とすれ違ったときの甘酸っぱい香り。とめどなく
あふれてくる唾液を飲み込んで、今にも出そうな鼻血をこらえるのは並の苦労ではなかった。胸を熱く
させると同時に、股間も熱く熱くたぎっていた・・・

 ただ、気になることもあった。僕が真帆を見上げる角度が日に日に高くなっていくことだった。
僕と真帆の身長差が37cmだったことは前に言ったけど、5年の測定のときには僕132cm、真帆
172cm。6年の測定では僕134cm、真帆177cm!
 43cm差・・・僕の目線は、真帆のおなかの部分!もし僕が真帆の身長を測ることになったとしたら、
椅子か何かの上でも立たなければ無理な数字だ。椅子の上に立ってようやく真帆と同じかもう少し
足りないか・・・ちなみに体重はというと、僕22kg、真帆63kg!僕が3人集まってやっとこさ真帆の
体重を上回るのだ!!それも3kgだけ・・・
 それでも真帆は、僕と話をするときは僕の話しやすい目線にまでスーッと下りてきてくれた。でも
しゃがむのはあんまりだと思った。これじゃ保母さんが幼稚園児と話しているようなものだ。

 ちょっと真帆に話が行き過ぎたので僕の話に戻そうと思う。いじめがなくなったからといって僕の
屈辱体験が全く途絶えたというわけではなかった。その最たる例が年に1度の運動会だった。
運動会のお決まり、騎馬戦だ。僕の行っていた小学校では、4年生以上の3学年は男女学年混合で
騎馬戦をやることになっていたんだけど、僕は4年から6年までの3年間、ずっと4年生の女子に
担がれていたのだ。しかも毎年背の低いほうから数えて3人の女子に。よそはどうか知らないけど
うちの学校は馬のバランスをとるために学年は関係なしに体型の似たタイプを4人集めて組にしていた。
4年生でも大きければ6年生と組むし、その逆もある。真帆は断然前者で、僕は当然後者だった。
 ・・・もちろん、1番軽い1人を残りの3人が馬になって担ぐのだ。
「馬組んで!立てー!」
 ピーッ!!
「うわー、メチャ軽だよー!」
「かるーい!ウソみたーい!!」
「なにこれー!!なんにも乗せてないみたいだねー!」
 小さいほうから数えて1番から3番までの4年の女子は毎年、メンバーは違えど反応は同じだった。
そして、馬を崩すと1番小さいのは僕だった。1回の例外もなく。

 特に屈辱的だったのは、6年のときの騎馬戦だった。初めての練習で僕の入る組が決まった。
これまで同様僕のパートナーは4年生の女子3人。みんな僕より大きかった。2年も下とはいえ、
自分より大きい3人に見下ろされるとやはりおびえてしまう。
「あたしたちと組むんだって。よろしくね。ところでキミ、見たことないけど何組?」
「あはは、違うよ美香ちゃん、この人6年生なんだって」
「ええーうっそー!!ろくねんせえ〜!?」
「ちっちゃーい!!」
「だってほら、名札見てみて?」
「え〜っと、6年2組、山野富士夫・・・わーほんっとだー!!」
「なんでそんなにちっちゃいのぉ?あたしの弟とおんなじぐら〜い」
 悪気はないんだろうけどその一言一言が僕の胸に深く深く突き刺さってきた・・・
「でもこんなにちっちゃい人ならあたしたちでも簡単にあがりそうだね」
「ほんと。・・・試してみようか」
「それっ!!」
「わあっ!!」
 22kgの僕は3人の女の子に足をすくわれて、女の子たちは膝も曲げないで僕を持ち上げた。
女の子1人にかかる重さはわずか7kgちょっと・・・
「うっそ、かっるうーい!」
「掃除のときに机運ぶほうがうんとラクだよー!」
「ねー6年生の人ぉ、なんでこんなに軽いの〜?」
 女の子たちのセリフがさらに深く僕の胸をえぐった。泣きそうになった・・・

「なぁんかそっちラクそうだね。いーなー・・・」
 隣で馬を作っていた、2番目に小さいグループが興味深げにのぞきこんできた。その女の子たちは
身長の割りにみんな太っていたので上がりにくくて苦労しているようだった。
「うん、すごぉくラクだよ、こっち!この人軽いんだ〜!!」
「ほら、担いだまんまジャンプできるんだよお」
 左のほうで担いでいた美香という子が飛び跳ねて見せた。
「わっ、わああ!や、やめて!」
「あー、あたしもやるー!!」
「あたしもー!!」
 ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん。
「わああ、あっ、わ、お・・・落ちる!おちるうううぅ!!」
 3人の飛び跳ねるタイミングがてんでバラバラだったため、僕は上でロデオみたいに激しく
揺さぶられた。今にも振り落とされそうで、怖さのあまりつい前の子にしがみついてしまった。
「キャッ!!」
 前の子が驚いて僕の腕を振りほどいて馬から離れたため、僕は地面にべチャッと叩き付けられた。
「い・・・・・・いっだああ・・・」
「あ〜あかわいそ〜。真奈美ちゃんひっどいことするな〜。いきなり離れるなんて」
「ご・・・ごめんね。急につかまれたから焦っちゃって・・・痛かった?」
「みんな好き勝手にジャンプしてるからよ。富士夫君大丈夫?男の子は泣いちゃダメよ」
 3人の口ぶりからして、僕は全く上級生として意識されてないようだった。立ち上がって土を払う僕を
3人はまた取り囲んで見下ろし、
「それにしてもほんっと軽いよね、富士夫君って」
「頑張ったらあたしたち1人でも持ち上げられたりして」
「きゃはは、それあるかも〜。・・・ところで富士夫君って何kg?」
 これはきかれたくなかった・・・もしこの子たちより軽かったらこのあと何を言われるかわかったものでは
なかった。・・・でも、これだけ小さくてガリガリだからハッタリ言ったってしょうがないし・・・
「ねえ何kg?」
「22kg・・・」
「え?聞こえなかった。もう1回!」
「22kg!」
 ・・・う、しまった。つい思った以上に大声がでてしまった・・・

「ええー!?22kgしかないの!?いっくらなんでもそれ軽すぎ!!」
「あたしの弟より軽いよー!!」
「1人で持ち上げられると思う!あたし、やってみる!!」
 ヒョイ。
「わああ!!」
「ほら。ね?」
 真奈美という子が僕をいとも簡単に抱え上げた。俗に言う『お姫様抱っこ』という抱え方だった。
「うわあ、真奈美ちゃんって力持ちー!!」
「富士夫君が軽いだけよ。美香ちゃんも抱いてみる?はい」
 抱いてみる?・・・って・・・・・・僕を子犬か何かのように扱う真奈美は、美香に渡そうと僕を前に
軽々と差し出した。
「んしょ、持てるかな・・・う、やっぱ1人じゃ重い!あたし無理!きゃ、きゃあ!!」
 ドサン!!
「ぐええ!!」
 美香は真奈美ほど力がなかったらしく、僕をあっさり地面に落とした。
「ごっごめん富士夫君!!落としちゃった!!」
 落としちゃった、じゃないだろ・・・上級生どころか生き物としても扱われてないように思えてきて、
今すぐこの場から逃げ出したくなってきた。

「あっ、富士夫君!脚ケガしてる!膝のとこ!!」
 えっ、あっ本当だ!多分今落とされたときに擦り剥いたのに違いなかった。
「せんせー富士夫君がケガしましたー!!」
「どこ、見せてごらんなさい。あらら、血も出てるわねぇ・・・これはもう練習は休んだほうがいいわ。
保健室で手当てしてあげるからいらっしゃい。歩ける?山野君」
「先生!あたし行きます!!」
 真奈美がビシィと挙手しながら立ち上がった。
「行くって・・・どういうこと?宮本さん」
「こういうことです!!」
 キツネにつままれたような表情の先生を尻目に真奈美は座り込んでいた僕に肩を貸すような感じで
引き起こすと、再びヒョイとお姫様抱っこの体勢に僕を抱え上げた。
「わっ!!な、なにを・・・?」
「富士夫君、保健室行こ」
 真奈美は僕を抱えたまま保健室に向かって歩きだした。

「や、やめて・・・僕、自分で歩けるから・・・あの・・・」
「ダメ。安静にしなきゃ。悪くなっちゃったらどうするの」
「そ、そんなに大きなケガじゃないし・・・もういいから・・・こんなこと、だから・・・」
「富士夫君はあたしたちの悪ふざけのせいでケガしちゃったのよ。これはお詫びでもあるの。それに
あたしたち運動会の大事なパートナーじゃない?いいからあたしにおまかせ!」
 4年生で3番目に小さい女の子にお姫様抱っこで運ばれていく6年生の男。運動会の練習に参加
していた全校生徒の視線が僕たちに集中していた。恥ずかしかった・・・

「ヒューヒュー!」
「あっつーい!!」
「真奈美ちゃんかっこいー!!」
「宮本さんステキー!」
「山野何やってんだよかっこわりー!」
「はずかしくねーのかチビ!!」
「山野君かわいー!!」
「お幸せにねー!!」
 穴があったら入りたい、ってまさしくこういうののことだと思った。僕はもう真っ赤になってひたすら
他の人と目が合わないようにうつむいていた。目の前には真奈美の体操服の名札が・・・
『4ねん3くみ みやもと まなみ』
 学年の部分には、3の字をマジックで塗りつぶしたあとがあった。・・・こんな、まだ胸もぺったんこで
名前をひらがなで書いてるような女の子に抱かれて運ばれるなんて。自分より大きいけど。
・・・しかも真奈美のほうは何やらまんざらでもなさそうな表情まで浮かべて・・・

「お〜い、ふーちゃ〜ん」
 またある日の練習の後、水道で足を洗っていた僕の前に3人の女の子が駆け寄ってきた。その顔に
見覚えがあった。去年僕を担いだ、5年生になる女子だった。みんな去年とは比べ物にならないくらい
大きかった。3方向から両腕を肩に掛けられ寄りかかられるようにして見下ろされる僕。
「オッス!ふーちゃんひさしぶりだね。・・・ってな〜に〜、震えてるのぉ?なんで?あたしたちが怖いの?
女の子に失礼だよぉ、あたしたちふーちゃんのこといじめたりした?」
 ふーちゃんとはこの子たちが4年生だった去年、騎馬戦のパートナーだった僕に勝手に付けたあだ名だ。
富士夫をもじったらしい。
「そうよ、あたしたち別にふーちゃんになんかしようってわけじゃないよー」
「あたしたちがおっきくなったから驚いてるんだよね、ふーちゃん?」
 ・・・それもあった。彼女たちは去年、4年生で下から3番目までの身長だったはずだった。しかし、
そのとき僕を見下ろしていた3人は5年生でも中間にあたるくらいにまで成長していた。
「あっそーかー、あたしたち伸びたもんねー。でもふーちゃん全然伸びてないね」
「ほんと、ちっちゃーい。だめだよぉ、ちゃんとゴハン食べないと」
「牛乳飲んだら伸びるよ、やってみたら?」
 ・・・やってるのに、毎日・・・

「そういえばこないだの、見たよ〜」
「ふふ、ラブラブだったよねー」
「あたしの妹とは、あれからうまくやってんの?」
 えっ!?・・・・・・たしかに正面から僕を見下ろしていたショートカットの子は、縫い付けられている名札に
宮本と書いてあった。去年は名札が付いてなかったからわからなかったけど・・・
「真奈美のこと、よろしくね。・・・2年も上の男の子なんだから、守られてばっかじゃダメだよ」
「でもちっちゃいし、4年生の女子にお姫様抱っこされるみたいなふーちゃんじゃねー・・・」
「そうだよねー。こぉんなに軽いんだもん」
 グイッ!
「わ!!」
 後ろにいた子が、僕の脇の下に両手を突っ込むと一気に持ち上げた!
「ほら見て。楽勝だもん」
「あははは!すっごーい、智美!!」
「ふーちゃん、背高くなったよ。よかったねー」
「わ、わ、うわあぁぁ・・・」
 智美という子に急に両手で高々と差し上げられて気が動転してしまっていた僕は、変な裏返った声を
あげながら両足をバタバタさせていた。
「もう!しっかりしなさい!!それでも6年生!?」
 智美はジタバタする僕を一喝すると差し上げたまま僕を自分に向き合う方向に反転させ、
「そぉーれっ!!高い高ーい!!」
 ブン!!
「うひゃあああ!?」
 反動をつけて真上に投げ上げた!智美の手から離れて上昇し、重力に引かれて落下する瞬間、
僕はもう生きた心地がしなかった。

 ガシッ!!
「はう!?」
 気が付くと、智美の腕に抱かれていた。落ちてくる僕を、智美は抱きしめるようにして受け止めたの
だった。
「智美強ーい!!今けっこう浮いてたよ!!」
「智美ちゃんって、力あるもんねー!うちのクラスの男子もあげられるし!!」
「だってふーちゃん、特別軽いんだもん。それぇ!高い高ーい!!」
 ブン!!
「・・・・・・!!」
 僕はもう満足に悲鳴も上げられなかった。脇をつかまれては真上に射出され、抱き止められては
また放り投げられる。しかも智美は笑いながら。

 ・・・下級生の女の子たちにまるでマスコットのように扱われ、担ぎ上げられ、抱っこされ、投げられる。
僕はいったい、何なんだろう・・・・・・

 年下のかわいい無邪気な女の子たちに僕の心は雑巾のようにクチャクチャにされていくのを感じつつ、
智美の逞しい腕とぺたんこな胸の中で、はじける笑顔で笑う智美の名札に顔を擦り付けられながら、
僕の意識はゆっくり遠のいていった・・・・・・・・・


つづく





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