奴らの知らない世界 その2

大災害

「ジャパニーズのセンス、よくわからないわ。こんなデコレーションなんて」
 あまりにも場違いな人間が入り込んでいた。
この街で一大勢力を誇る暴走族の集会。
暴走行為に入る前にルートの確認や気合を入れる挨拶など、族なりの『朝礼』ともいえる儀式の中に、
その金髪の大女は突然踏み入ってきた。
この近くにある高校の紋章が入った白い半袖ブラウスにチェックのミニスカートを身に纏った、
留学生と思われるその少女。
暴走族の動き出す時間は当然、高校生の下校時間帯などではない。遅くまで続いた、部活動の帰りなのだろうか…
しかしそんなことはどうでもいい。集会を妨害するように入り込んできた部外者、それも女…
ただでは済ますまいと取り囲んだ族の男たちだったが、その違和感に足が止まってしまった。

 異国の女子高生は興味深げに、並んで駐まっている派手な装飾のバイクを突付いて回る。
「おい、馴れ馴れしく触るなよ!」
 族のメンバーは突如現れたよそ者の女を追い出そうとするも、その言葉には力が込められない。
彼らと比べて、いや比べることが愚かな行為と思えるほど、その見知らぬ女の体格は圧倒的だった。
縦も横も、違いすぎる…横幅はもちろん、肥満によるものなどではない。
肩、腕、背中のそれぞれ肉の張り詰めた硬く分厚い迫力が、ブラウスの上からも伝わっている。
袖には余裕がなく、その太い腕にビッチリと張り付いている状態だ。
その女が何者なのか、このチーム内に知っている男はいない。誰もが、初めて目にする女だった。
ただの男や女なら軽くつまみ出すところだが…
「何なんだよ、お前は!」
「ここがどういう場所か、わかってんのか!」
 全方位を囲んで威嚇しながら、30人前後の男たちは誰一人として先陣を切っていけない。
彼らのうち誰も、力ずくで彼女を排除できる自信のある男はいなかったのだ。
そのうち彼女の興味は、彼らが着る統一された服装へと移っていった。
地下足袋に捻り鉢巻、そして白い上下の服に黒や赤の刺繍で綴られた威勢のいい文句の数々。
彼女の母国にはまずない文化である、いかつい漢字の羅列、しかも威圧感を出すための無理やりな当て字ばかり。
日本での暮らしがそう長くない彼女にはまるで解読不能だったが、趣味のいいものには見えなかったようだ。
彼女の口から少し、溜め息が漏れた気がした。

「とにかく、この街で騒音を立てて走り回ってる集団があなたたちなのはわかったわ。
このあたりに住んでるみんなが迷惑してるんだから。ニッポンジンなら、もっと思いやりを持ちなさい」
「お、お前には関係…」
「みんなで集まって、こんな悪趣味なバイクで大きな音を立てて遊ぶのが、そんなに格好いいことだと思ってるの?
見苦しい真似は、やめるのね」
 ドガッ!!ガッシャァァ……
 彼女はそろいの特攻服に身を固めた男たちのセンスのなさに呆れ果てたような顔で、隣に立っていた1台のバイクを蹴り倒した。
車にはねられたような勢いで横転したバイクはカウルが大破し、
高い位置に取り付けられていたライトも吹き飛びながら転がっていく。
「こ、こいつ、俺の単車を!!」
 自分のバイクを一撃で廃車にされた男は怒鳴りながらも、殴りかかっては行けない。
1回の蹴りだけで、750ccの二輪車が台風に煽られたマネキンみたいに飛んでいくのを間近で見せ付けられて
突っ込んでいけるほうが珍しいのだ。
「『俺の単車』?笑わせないでよ、どうせ盗んできたくせに」
 彼女は蔑んだ表情で隣のバイクに靴の爪先を叩き込んだ。今度は下から上に突き上げるように。
 バギャッ!!
 硬く作られているはずのプラスチックや金属部品がまとめて潰れ、砕ける音が夜空に響き、
前輪と、暴走族らしい派手な背もたれの付いたシートが衝撃に耐えかねてちぎれ飛び、彼らの頭上を飛び越えて行った。
「あああぁ……!!」
「罰として、ここにある全部使用禁止にするわ。乗れなくなれば、騒音も立てられないでしょ?」
 それだけの破壊を見せながら全く力を消耗している様子を見せていない彼女は
さらにもう1台のバイクに腰掛けると、大きく湾曲したデザインのドロップハンドルに力を込め、ますます変形させていく。
ハンドルは見る間に右端と左端が密着したハート型に変わり果て、彼女が立ち上がった後には
下半身にも力を込めていたことを伝えるかのように、彼女の両太腿がめり込んでボディに芸術的なくびれが形成されていた。
鉄製のバイクのボディが…脚の力だけで歪められている!
…むしろ、もう少し力が入っていれば真っ二つに裁断されかねなかったほど…
まるで、バイクの模型をペンチで挟み潰したように!
謎の大女にその腕力と脚力を一度に見せ付けられた男たちは、実力でその行為を阻止するどころか
彼女に乱暴な言葉遣いを向けることすらできなくなっていた。
目の前にある、さっきまでバイクだった鉄屑の後を追う形になることは、そこの誰にでもわかったからだ。

「私の国では、日本人はこんな下品な飾り付けを美しいと思うなんて、教わらなかったけどね」
 グギッ…グググ…ゴキキッ
「うっ……!!」
 彼らはそれ以外に言葉が発せられない。
ブロンドの巨大少女が1台の車の前に立った。一般人の目から見ても悪趣味に見えるほど車高の下げられた
いかにも族好みにカスタマイズされた、いわゆる出っ歯、竹槍のセダンだ。
その上に向かって長く伸びる2本出しのマフラーを彼女は右手で握り締めると、手首を捻ってねじり始めた。
ステンレス製の硬く太いマフラーが…飴細工の如く変形していくのを現実として見せられているのだ。
いつしか2本組みのマフラーは何回転もツイストされた1本にまとめられてしまっていた。
しかし、その程度では収まらなかった。
「こんな低い屋根、窮屈じゃないの?私だったら、耐えられないわ」
 彼女は車のルーフとフロントガラスのちょうど合間のあたりに手を置き、その手を握り締めた。
 ピシッ、パリン。
 その部分のガラスが割れ、四角い破片が散る。瞬く間にフロントガラス前面がひびで白く染まる。
その握力に男たちが極寒地帯に置かれたような鳥肌を立てるが、それはまだ早く、甘かった。
 ベギッ!!バリ、バギャアアアアア!! パリン……
 車の屋根が…まるでカップラーメンの蓋でもはがして取るかのように簡単に引きちぎられた!
あっという間にオープンカーにさせられた族幹部の車。女にはぎ取られた屋根は無造作に放り投げられると、
少し丸まった1枚の鉄板として男たちの目の前にガシャンと音を立てて転がった。

「これも、邪魔だからいらないね」
 ズゴン!!パーン!
 その女が運転席のドアに蹴りを入れると、ドアは助手席側のドアも重ねてくの字になりながら何メートルも飛んでいく。
彼女が近くに立ってから10秒前後で、大型車は屋根もドアもないすっかり見違えたデザインに変わり果てた。
男たちは止めに入るどころか、そこから逃げ出すこともできずただ見ていることしかできない。
30人近く集合しているのにも関わらず、1人の女の好き勝手な振る舞いを、ただ傍観するだけしか。
そこにいる誰もが、下手に動いて彼女の目に入ることを恐れているのに他ならなかった。
バイクや車よりも衝撃に弱い存在である人間の体だ。もしあの力をこっちに向けられでもしたら…

 その後も彼ら自慢のマシンの数々が、見知らぬ女の手で流れ作業の如くテキパキと処理されていった。
2台が一つに重なって四輪車となり転がっていくバイク、自動車同士の正面衝突のようにフロントが潰れた車…
女子高生1人の形をした天災が、族の集会場に発生して局地的な被害をもたらしているかのような惨状だった。
最後のバイクが、彼女の真上からのパンチでVの字に変形し、前輪と後輪がそれぞれ天を向いた状態で地面に突き刺さったところで
彼らを襲った大破壊劇は幕となった。
どれもこれも原形をとどめず、その場からまともに走行して移動できる車両は1台たりとも残っていない。
そして、その場から動ける男もただの1人として存在しなかった。
向かっていくことも逃げることもできず、自分より頑丈な数百kgの二輪と1.5t超の四輪が折り紙のように畳まれ、
バラバラにちぎられていく非現実的な現実の一部始終をその目で確認させられる。

「後片付け、よろしくね。あくまで自分の物だっていうならね。
あっ、それから…今度またこの街で夜中に走り回る変な音が聞こえたら、次はあなたたちに直接罰を与えることにするから
一応警告しておくわ」
 立ち尽くすばかりの男たちに背を向け、手を振りながら謎の金髪巨女は去っていった。

 それ以後、この街から車とバイクによる爆音は解消された。
乗り物を失った、いや、乗ることが許されなくなった男たちは今、自らの足でうろついている。
夜の駅前、繁華街を練り歩き、威勢のいい脅し文句を叫んで回るだけだ。
『徒歩暴走族による集団示威行為』、新聞にはそう掲載された。
県の条例が厳しくなり、暴走行為のみならず車両で集合することだけでも摘発の対象となったことが原因と
その新聞には分析があり、表向きはそんな認識が定着したようだ。
しかし暴走族ともあろう存在が、法律がこうなったからこうしようという姿勢をとることがおかしな話で、
その上彼らの特攻服には『県警上等』などといった文句まで刺繍されているのに。
今日もただ、歩き回って虚勢を張り続ける彼らは内心、屈辱に震えていた。
アイデンティティのひとつであった単車、四輪に乗るわけにいかなくなってしまった、
部外者の誰にも言えない本当の理由。
そして、この集会の最中にも突然、彼らが本当に恐れているその女子高生が再び現れたらどうしようという恐怖にも
苛まれ続けながら、今も彼らは震えを打ち消さんとばかりに声を張り上げるばかりだった。


おわり





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