白衣の女

それは、白衣の女だった。


雪が降りそうなくらい寒い冬空の街中を、白衣を着た女が歩いていた。
かなり長尺なのか、白衣の裾は膝の下辺りまである。
前面のボタンは全て閉じられていて、中の衣服は外からは覗えない。
それが目に留まったのか、男たちはその白衣の女に声を掛けた。

「おねーさん。こんな真冬に上着がそんな白衣じゃ寒くない?」
話し掛けたのは、鼻にピアスを着けた如何にも軽薄そうな男。

「・・・別に。今のところ、寒くは無い・・・わ」
気怠そうに女は答える。

「んー・・・あれ?」
そういや、と男は女の身体に目を見遣る。
良く見ると、かなり着太りしているのか、女の白衣はあちこちがモコモコと盛り上がっている。

「・・・何だ、中に着込んでんのかよ。遠目じゃわかんなかったぜ。でもさ、何で街中で白衣なんか着てるワケ?」
仮に、白衣一枚だけだとしたらとても耐えられる寒さではないし、
もし、中に着込んでいるのだとしたら薄い白衣を一番外に羽織る意味がわからない。

「・・・これは、ただの実験・・・よ」
「・・・あ? 実験・・・? 白衣を羽織ってこんな寒空の中、外を練り歩くのが、か?」

「違う・・・わ。白衣は着慣れているから着ている・・・だけ。実験と直接、関係は・・・無い」
面倒臭そうに女は答えた。

「へぇ・・・。どんな実験かは知らないけどさ、何なら俺たちがその実験ってのを手伝ってやろうか?」
厭らしい含み笑いを浮かべながら、男はそう提案した。

「・・・その代わり、ちょっとだけ俺たちに付き合ってくれたら良いからさ」
ヘヘヘ、と他の男たちも同じように厭らしい笑みを浮かべている。

「人手は欲しいから手伝ってくれるのは構わない・・・けど。その代わり、怪我しても知らない・・・わよ?」
男たちの心中を知ってか知らずか、呆れたような口調で女は言った。

「何処か、人の来ないようなところは知っているかしら? 出来れば、外で開けた場所が良いのだけれど・・・」
「あー、それなら良い場所があるぜ。付いて来な」
男は先導するようにスタスタと歩き出した。女もそれに付いて行く。


男に連れられて来た場所、そこは路地裏に設置されたバスケットボールのハーフコートだった。
いわゆる、ストリートバスケ用に誂えられた空間。

男の説明では、ここはビルの谷間の空き地を改造してストリートバスケのコートにしたらしい。
周りをビルが取り囲んでいて、通路代わりのビルの隙間以外、街道からこちらを覗うことは出来ない。

「へへへ、ここなら問題無いだろ。さぁ、その実験ってのをさっさと終わらせて、俺らと良い事しようぜぇ」
女を、男たちの嘲笑が囲む。

「ありがとう。確かに、ここなら丁度良い・・・わ」
相変わらず、気怠そうに女は答える。

「多分・・・だけど、あなたたちがやりたいことをそのまま私にやってくれれば・・・それで実験になると思うわ」
「・・・へぇ。どういうつもりかは知らねぇが、話が早くて良いや。そりゃ、マワされてもOKってことだよな?」
やや真剣な面持ちで男は言った。

「ええ。勿論、出来れば、の話だけれど。私も抵抗させてもらうから、怪我しても知らない・・・わよ」
「何だ? 実験ってのは、護身術か何かのことか? まあ、良いや。お言葉に甘えさせてもらうぜ・・・っと」
男は余裕からか、歩いて女の目の前に立った。

「実験開始〜♪」
男は舌なめずりをしながら、女を押し倒そうと肩に手を掛けた。その瞬間。

「先ずは・・・握力の実験」
自分の左肩を掴んだ男の右手首を、女は右手で徐に掴んだ。

グシャッ。

「があぁぁぁっ!!」
男の悲鳴。

手首を握り潰されたのか、男の右手が変な方向に曲がっている。

「次は、腕力」
「・・・へ?」
激痛に蹲る男の腰に腕を回し、強制的に立ち上がらせた。
いや、立ち上がらせたというよりは、持ち上げたと言った方が正しいかもしれない。
現に、男の足は地面から離れるか離れないかのギリギリだった。

メキメキメキ、と男の胴から骨の軋む音が聞こえて来る。

「・・・なるほど。人間の胴って、意外と頑丈なの・・・ね」
男を持ち上げ、ベアハッグで締め上げているにも関わらず、女は相変わらずの気怠さで呟いた。

「もう少し、力を入れないと・・・ダメかしら」
女の台詞に呼応するように、モコッと白衣の袖に包まれた腕が一段と太くなった。

「・・・おい、今、腕が太くならなかった・・・か? 腕とかが盛り上がってたのって、厚着してるから・・・だよな?」
明らかに肥満体とは違う女のシルエット。それを、男たちは厚着しているかだ、とそう思ったのだ。

・・・しかし。

ビリッ。

裂けた白衣の袖。そこから覗くのは・・・肌。冬の空や白衣に勝るとも劣らない、透き通った玉のような白い肌。
白衣の直ぐ下から現れたのは、素肌。
それはつまり、少なくとも腕のシルエットはそのまま、直下にある腕の大きさそのものということになる。
手首から肘、肘から肩。腕の付け根に近付くにつれて、太くなっていた腕。
白衣の袖が模っていたものは、衣服の膨らみなどではなく、正真正銘、腕の筋肉そのものだったのだ。


「・・・うそ、だろ。あれが、女の腕だってのかよ・・・」
「セーターか何かで太くなってたんじゃなかったのかよ」
周りの男たちは、呆気に取られ、呆然としている。

「ぐぅ・・・あ! お、おい! お前ら、暢気に見てねぇで助けやがれ!
 このアマ、何て力だ! 外れ・・・ね・・・ぐぁっ」
女の腕は更に太さを増し、男の胴に食い込んで行く。

「あ、ああ、わかった! おい、お前、そっち持て」
「お、おお!」
二人の男が、女の右腕と左腕にそれぞれ付いた。

ミシッ・・・ミシッ・・・

「ぐ・・・が・・・あ・・・ぁ」
男の背中が徐々に後方に反り返って行く。

「このクソ女、放し・・・やが・・・れ!」
「何て力だ・・・このバケモノ女」
大の男が二人して、女の腕一本、動かすことすら出来なかった。

そして。

バキバキ・・・バキャッ!!

鈍く大きな破砕音と共に、男の胴が明らかに可動域を超え、女の腕を支点にアーチを描いた。

「腕力はこんなもの・・・かしら」
用が済んだとばかりに、女は二つ折りになった男を地面に無造作に捨てた。
上半身はうつ伏せなのに、下半身は仰向けになって男は小刻みに痙攣を繰り返していた。

「なるほど・・・人間ってこのくらいじゃ死なないの・・・ね」
女は感情を込めずに、あくまで冷静にそう言い放った。

「この アマぁ!!」
逆上した周りの男の内の一人が女に殴り掛かる。

バキィ!

男のパンチがモロに女の顔面にヒットした。しかし、女は倒れるどころか、顔を背けることなく平然と立っていた。

「なるほど・・・首の筋力があれば顔面への打撃もダメージにならない・・・のね。
 ・・・いえ、単純に体幹の筋力差・・・かしら。まあ、良いわ。次は脚力」
「・・・ひぃっ」
男が反応するよりも早く、女は地を蹴っていた。次の瞬間。

ドゴォォォッッ!!!

男が身体をくの字に折りながら、吹っ飛んでいた。

男は、10m以上は離れていた壁に叩き付けられ、崩れ落ちた。
そして女自身も、いつの間にか元居た位置と壁の丁度、中間辺りに移動していた。
単純計算で5m近くを跳んだことになる。

「何だ、この女!? バケモンなんてもんじゃねぇ!!」
位置的に横に居た男は、今の一瞬の出来事を一部始終見ていた。

女は、右足で跳び上がり、そのままの勢いで左膝を男のどてっ腹に喰らわせた。ただ、それだけなのだ。
いわゆる、真空跳び膝蹴りだが、女が技術的に凄いというわけではなかった。
凄まじいのは、一足飛びで大の男を10mも吹き飛ばしながら、自身も5mも跳躍したその脚力。


「お前! い、一体、何なんだよ!?」
別の男が半ば、半泣きになりながら訴えた。

「だから、実験・・・よ」
再び、気怠そうな声で女は答えた。

「だから、その実験ってのは何なんだよ!?」
「そう・・・ね、どう言えば良い・・・かしら。わかり易く言うと、『護身サプリメント』の実験ってところ・・・かしら」

「護身サプリメント・・・?」
「『護身術』は文字通り、身を護る『術』。私が実験しているのは、身を護る『サプリメント』」

「何だよ・・・そりゃ」
「こういった状況で『女性が自分で身を護ることの出来る身体を作るサプリメント』、それが護身サプリメント」

「な・・・それって、ただの筋肉増強剤じゃねぇか」
「違う・・・わ。あんなものと一緒に・・・しないで。筋肉増強剤はあくまで筋肉を作るのが目的。
 どんな副作用があって、どんなに身体を壊しても、とにかく筋肉を作る。それだけの薬。
 私の作ったサプリメントは、母体の健康を崩さず、力を得ることが出来る。
 数人の男ぐらいなら、軽く一捻り出来るぐらいの・・・力」
その『力』は、既に二人の男がその身を以って証明した。

「筋肉増強剤じゃねーってんなら、その太っとい腕は何なんだよ!」
「これ? これはただの・・・オマケみたいなもの・・・よ。筋肉も付けずに力だけ強くなるなんて・・・漫画の世界だけよ」
そういって女は徐に右腕を折り曲げる。

モリモリモリッと山のような力瘤が盛り上がる。

ビリッ・・・ビリビリッ!

力瘤の隆起に耐え切れず、白衣の袖が完全に裂けてボロボロになってしまった。

「・・・・・。確かに、この筋量は改良の余地あり・・・かもしれないわね。・・・まあ、そんなことよりも」
「・・・?」

「続きをしましょう、まだ、実験は終わっては・・・いないわ」
「・・・ひいぃぃっ!!!」
腰を抜かし、へたり込む男に女が近付く。


「あなたたちが言ったのよ。"俺たちが実験を手伝う"って」
「い、いや! そ、それは、あいつが・・・!」
男は、涙目になりながら、二つ折りになった男に視線をやった。

「次は、背筋力」
しかし、女はそんなことはお構いなしに、と余所見している男に右アッパーを放った。

ドゴォッッッ!!!

折れた歯、涙、血、いろいろなものを撒き散らしながら、男は空高く宙を舞った。

「お、お助けぇぇっ!!!」
クモの子を散らすかのように、男たちが逃げ惑う。

しかし、外に抜けるのはビルの隙間の狭い路地のみ。一度に通ることの出来る人数は限られている。
女はそこへ向けて一気に駆け出した。

まるで車に撥ねられたかのように、男たちが吹き飛んで行く。
いち早く路地に逃げようとした男たちは、女のタックルともいうべきただのダッシュに道を強引に開けられたのだ。

「ク、クソ! 幾ら強いっていったって、所詮は一人だ! 数で押せっ!!」
路地を塞ぐ形で仁王立ちしている女に、男たちはスクラムを組むようにして突進した。

「うおおおぉぉあぁぁぁっっ!!!」
男たちの気合いの篭った怒号。

「耐久力の実験に丁度良い・・・わね」

ガシィッッッ!!!

女は、数人の男たちの渾身のタックルを、その身体で以って完全に受け止めた。

「次は、筋持久力」

数人の男たち、体重に換算すれば何百sになるだろうか。
女はそれを物ともせず、逆に押し返し始めた。

「う! あ! あ!・・・・・」
男たちは呆気に取られる間すらなく、徐々に押し返されて行く。

あっという間に残った男たち全てが、女一人の力で逆の壁まで押し返されてしまった。

「ちょ・・・う、ぎぎ・・・」
女はまだ終わっていないとばかり、更に一段を力を篭める。

「う、そ・・・やめ・・・潰れ・・・」
壁に近い者から、骨が折れ、肉が潰れる音が聞こえて来る。

「安心して。実験はこれで・・・終わりだから」
女は、実験を遣り終えた科学者としての達成感からか、初めて笑みをその顔に浮かべた。


それが、男たちが見た最期の景色だった。


おわり





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