少女の憧れ

コングマスク。

プロレス全盛の時代、一時代を築いた覆面レスラーの名前だ。
コングの名に恥じない、192p、130sという大きな体躯に筋肉隆々の肉体。
それにも拘らず、力一辺倒ではない華麗な空中技の数々。

子供は皆、TVに噛り付いてその活躍に沸いた。


「ねぇ、コングマスク。何でそんなに強いの?」
父親と一緒に観に来ていた女の子が、花道で凱旋しているコングマスクにそう聞いた。

「お嬢ちゃん。それはね、好き嫌いせず何でも食べて、牛乳をたくさん飲むんだ。
 そうすれば、オジサンみたいに大きくなれるよ」
「身体が大きくなれば、強くなれるの?」

「そうだよ。でも、ちょっとやそっとじゃダメだ。頑張って一杯食べないとね、ハハハ」
「うん、わかった! 私、頑張る!」


しかし、その輝きも長くは持たなかった。

体重のある格闘家に在りがちな、膝の故障。コングマスクもその例外では無かったのだ。

「ねぇ、コングマスク。どうして引退しちゃうの?」
「それはね、カルシウムが足りなくて膝が自分の体重を支え切れなくなったんだ」

「私、知ってるよ! カルシウムって牛乳をたくさん、たーっくさん飲めば良いんだよ!」
「そうだね。お嬢ちゃんも大きくなりたいなら・・・一杯、牛乳を飲まなきゃダメだよ」

「うん、わかった! 私、頑張る!」
しかし、その日を最後にコングマスクがリングに立つことは無かった。



それから、十年後。

コングマスクこと間塚正吉(まづか まさよし)は自らジムを開き、後進の育成にあたっていた。
しかし、時は移り変わり、総合格闘技全盛の時代。
プロレスはTV放映されなくなり、総合格闘技に追い遣られる格好で、時代の片隅に消えて行った。

「もう、プロレスはダメなのか・・・」
一時は全盛を誇ったジムも、今はもう昔。門下生は減り、コーチも自分以外はみんな辞めてしまった。

「こんな悪戯まで来る始末だしな・・・」
隅にある事務机に置かれた書類を見て、間塚は頭を抱えた。

それは一枚の、何てことはない履歴書だった。
写真の欄には、ショートカットが可愛らしい女子高生の顔写真が一枚。

名前:大木 萌(おおき もえ)、年齢:18歳、最終学歴:N高校卒業。
スポーツ経験:レスリング、体操競技。

左側の基本項目には、そう書かれていた。

「可愛い女の子だけど、ウチは女子プロレスじゃないんだがな・・・」
しかし、間塚を悩ませているのはそれだけではなかった。

右側にある備考欄、そこには少女自身が書いたであろう、身体データが記載されていた。

身長:210p、体重:182s。
B:175p(K140)、W:90p、H:136p。
上腕:79p、太腿84p。

「サバ読むにしたって、限度ってもんがあるだろうに・・・」
顔写真、性別、名前。どれを取っても履歴書の主が女の子であることは間違いないだろう。
だが、そこに記されていたデータは、悪戯にしても度が過ぎていた。

「こんなバケモンが居たら、逆にお目に掛かりたいもんだ・・・」
もう、ジムを閉めて田舎に帰ろうか、そう思ったその時。

「ごめん下さい!」
入り口の方から、女性の声が聞こえた。
あどけなさの残る、少女の声。しかし、振り向いた先に立っていたのは巨大な人影。

その"人物"は入り口の外に立っていた。
元々、見学は自由なので、扉は開いた状態で外から見えるように入り口は開放してある。
しかし何と、その人物は顔半分が見切れていた。

ジムの入り口は、間塚に合わせて作ってあるので、少なくとも高さは2m近くある。
にも拘らず、その"人物"の鼻から上を覗うことが出来ない。

骨格を見る限り、その"人物"が女性だということはわかる。
だが、それ以外の部分はあまりにも規格外過ぎた。あらゆる部分が大きい。ただただ大きいのだ。

見切れた頭を支える太い首。広い肩幅。
ロケット砲弾のような爆乳。バレーボール大の半球に盛り上がる上腕。ビア樽のような太腿。
服装は上下共にジャージなのだが、伸縮性を最大限に活かして何とか着ているといった感じだ。
それでも、どちらも間違いなく特注品だろう。それ程までに身体全体のボリュームが凄過ぎた。
肥満体ではなく、かといってボディビルダーような体型でも無い。これはまさしく、プロレスラーの体型。

「・・・あの、君は一体・・・」
「入っても良いですか?」
その"人物"は、礼儀正しくそう言った。

ハキハキとして、それでいてあどけなさの残る可愛らしい声。声だけ聴くと、女性というよりは女の子といった感じ。

「ああ、良いよ。入りなさい」
「はい、ありがとうございます!」
小気味良い挨拶の声に被るように、ゴン!という鈍い音がした。

何と、扉の外枠が丸く拉げていた。丁度そこにはその女の子の顔。
入り口の高さが合わず、顔をぶつけてしまったらしい。

「あ痛てて・・・は、す、すみません!」
また、ゴンという鈍い音。今度は、謝って頭を下げた拍子に頭頂部を外枠にぶつけてしまったらしい。

「あ、謝らなくて良いから・・・。取り敢えず、気を付けて入って」
間塚はこれ以上、入り口を壊されては堪らないと思った。

「・・・しかし、何て頑丈さだ」
鉄製の外枠が頭大の大きさに拉げている。なのに、その当人は少し痛がった程度で血も出ていない。

間塚の後に続くようにその女の子はぬっ、と身体を屈めて今度はぶつからないように入り口を潜った。

「・・・・・・・・!!?」
間塚は驚きを隠せなかった。

顔も含めた、初めて見る全身像。
長身の間塚よりも更に顔半分ぐらい背が高い。間違いなく、2mを超えているだろう。
改めて見ると、身体のボリュームからして一般人、いや人間離れしているのがわかった。
現に、引退して体重が落ちたとはいえ、未だに巨漢の部類に入る間塚と比べても大人と子供にしか見えない。

ショートカットできちんと整えられた髪。大きな瞳や唇にはまだあどけなさが残る、利発そうな美少女。
首から下の脅威の肉体とのギャップがまた凄まじい。

「な、何を食べたらこんなに大きくなるんだ・・・」
「失礼ですが、もしかして元コングマスクの間塚正吉さんですか?」

「あ、ああ、そうだが・・・」
「私、大木萌と言います。履歴書を送ったんですが、届いていましたか?」

「・・・履歴書? ・・・ん、まさか、アレ、ホントだったのか!? 私はてっきり、悪戯だとばかり・・・」
「悪戯って・・・履歴書が、ですか? 私は全部、ホントのことを書いたつもりなんですが・・・」

「ああ、すまん。・・・いや、しかし・・・まさか、本当だったとは・・・」
規格外。いや、『規格外』という言葉すら霞んでしまうぐらいの、驚異的な数値。
履歴書に書かれていた数値は、それ程までに常軌を逸していた。
これだけの体格の持ち主が、弱冠18歳の女の子だというのだ。

しかし今、間塚の目の前にはその数値が本物だと雄弁に語る"実物"がある。
しかも、つい最近まで制服を着て学校に通っていたというのだから驚きだ。

「・・・しかし、凄いな・・・」
間塚より身長が20p弱高いだけなのに、体重は50sも重い。
それだけ、積載している脂肪と筋肉の量が段違いなのだろう。

「私は貴方の教えを守り、十年間頑張って来ました。それでこんなに大きくなれたんです!」
女の子は、両腕でガッツポーズをした。ミチミチッ、とジャージのあちこちから布の軋む音が聴こえて来る。

バレーボール大だった上腕が大きさを増し、力瘤だけでバレーボール1個分にまでなってしまった。
間塚は、アメリカンコミックの水兵がほうれん草を食べた場面を想像していた。

ミチッ、ミチッ、ミチミチッ、ビリッ、ビリビリッビリッ!!

そんな極太の上腕にいつまでもジャージの袖が耐えられるはずもなく。

「あ、あ〜〜。また、やってしまいました・・・」
「またっていうと、何度か経験あるのかい?」
この身体だ。合うサイズの服を探すだけでも一苦労だろう。

「・・・はい、このジャージも特注品だったんですけど・・・」
「ジャージの下には何か着けているかい?」

「スポーツブラとスパッツです!」
そういって、萌は間塚が言うよりも早く、ジャージの上下を脱いでしまった。

「っ・・・・・!!」
ジャージ越しではない、萌の生ボディの迫力に間塚は思わず生唾を飲み込んでしまった。

分厚い筋肉に、それを覆う無駄のない脂肪。
プロレスは攻める力は勿論、相手の技を受け切る耐久力も高いレベルで要求される。
怪我をせず長く闘う為には、筋肉だけでなく脂肪も重要なのだ。
間塚も絶頂の頃でさえ、ここまでの肉体を維持出来ていたかどうかの自信はない。
力強く、それでいて柔らかいシルエット。正に、理想的なプロレスラー体型。

「日々、貴方と再会することだけを夢見て頑張って来ました!」
「しかし、私と君は初対面のはずだが・・・」
こんな女の子と過去に出会っていたら、先ず忘れるはずがない。

「子供の頃、何度か父親に連れられて貴方の試合を観に行きました。
 勝って退場する花道で、貴方が私に教えてくれたんです。好き嫌いせず良く食べて、牛乳を飲みなさいって」
確かにそんなことを言ったような気もするが、さすがに十年も前の話とあって、間塚は覚えていなかった。

「なるほど、現役時代の私のファン、か。それで、今日はどういったご用件で?
 見ての通り、ウチのジムは開店休業状態でね・・・。見学させてあげたいところだが、今日は他に誰も居なくてね。
 どうも、私の感性が古いのか、厳しくやり過ぎたら練習生が逃げてしまって・・・・・」
元々、少ない人数の練習生に加え、間塚の厳しい特訓に最近の若者が付いて行けないのだ。

「幻滅させてしまってすまないね。これが嘗てのスターレスラーの末路だよ。
 まあ、自分で言ってりゃ世話ないか、ははは」
間塚はそう、自虐的に笑った。

「そんなことありません! 間塚さんの特訓に耐えられない方が悪いんです!
 私なら絶対に逃げ出したりしません!!」
「はは、そう言ってもらえるのは嬉しいよ。ってことは何かい? 練習生として入門したいってことなのか?」
「はい!」
う〜ん、と間塚は呻った。

正直なところ、自分の得意分野であるはずの男子プロレスですら、道場は閑古鳥が鳴く始末。
女子プロレスともなれば、完全に門外漢だ。

「う〜ん、ウチは女子プロレスはやってなくてね・・・。フィットネスとかなら教えることも出来るが・・・」
「いえ、私がやりたいのは男子プロレスです!」
目の前の巨大な女の子は、ハッキリとそう言い放った。

「・・・え? えええ!?」
「私が憧れたのは貴方がやっていたプロレスであって、女子プロレスではないんです」
萌の目は真剣そのものだった。冗談や酔狂で言っているわけではないのがアリアリと伝わって来る。

「・・・わかった。そこまで言うなら・・・じゃあ、テストをしよう。
 落ちぶれたとはいえ、曲がりなりにも私も指導者の端くれだ。
 適正が無いと判断すれば、容赦なく落とすからそのつもりで」
「はいっ、ありがとうございます!!」
ブン、という風切り音が聴こえて来そうなぐらい、勢いのあるしっかりとしたお辞儀。
今時、ここまで丁寧な挨拶を出来る若者はそうそう居ない。


「取り敢えず、身体能力を見てみようか。バーベルは何sまで挙げられる?」
「え・・・と、その」
今までの礼儀正しく、ハキハキとした萌とは打って変わってモジモジと歯切れが悪い。

「どうしたんだい? その身体だ、バーベルぐらい挙げたことあるだろう?」
「あ、あるにはあるんですけど、その・・・学校のは一度触ってみたら、あまりにも軽過ぎて・・・。
 ジムに行くお金も無くて・・・。だから、バーベルはほとんど触ったことがないんです」
高校といってもピン切りで、スポーツに力を入れていないところだと、設備が充実していない所も多い。
また、ジム通いも余程、家庭が裕福でないと厳しいだろう。

「じゃあ、どうやって鍛えていたんだい?」
「家から通える範囲に山があって、いつもそこに行ってました」

「山? 山に入ってどうするの?」
「岩や木を持ち上げたりして特訓してました」

「岩!? 木!? ・・・う〜ん」
嘘は言っていないのだろう。でなければ、この身体の説明が付かない。
むしろ逆に、自然の環境の中で鍛えられたからこその肉体なのかもしれない。

「良し、じゃあ試しに"そこ"にあるのを持てるかい? 最初は軽いのから・・・」
「こうですか?」
「!!?」
間塚が指したのは、ラックにある5sの"片手用のダンベル"。先ず、最初は様子見のつもりだったのだ。
しかし、萌が持ち上げたのは逆側にあったベンチプレス用の"バーベル"。
20sプレートが左右に三枚ずつでシャフト込み、計130sの"両手用のバーベル"。
それを萌は、軽々と"片手"で持ち上げてしまった。

「確かに、学校で触ったことあるのより軽いです」
クイックイッ、と上腕を使うことなく、手首だけで挙げ下げしている。

「・・・・・・・・」
間塚はしばらく、言葉を忘れたかのように何も言えなかった。

その130sのバーベルは、間塚がさっきまで自己鍛錬で挙げていたベンチプレス用のバーベル。
勿論、間塚にとっても最大ウェイトではないが、それでも片手で扱えるような代物ではない。
しかし、萌の巨体から伸びる剛腕には、その130sのバーベルでさえ、物足りなさを感じてしまうのも事実だった。

「じゃあ、次はこれを思い切り握ってみてくれるかな」
そういって、間塚が萌に手渡したのはハンドグリップだった。

「これを思い切り・・・ですか? でも・・・」
「ははは。多分、大丈夫だとは思うが握り潰す気で思い切りやってみるんだ」
「はい、わかりました!」
むぎゅ、と萌はその大きな手でハンドグリップを握った。

「ははは、手が大きいから握ってしまうとハンドグリップが見えなくなってしまうな・・・って、えぇっ!!?」
力を入れたようには見えなかったが、ハンドグリップを握っているはずの萌の手は既に閉じられている。

「はい、握りました!」
そういって、萌は手を開いた。萌の掌には、人力で溶接された鉄の塊があるだけだった。

「・・・・・・・・」
「あああ、すみません! やっぱり、握り潰しちゃダメでしたか!?」
萌は、口をぱくぱくさせている間塚にひたすら頭を下げている。

萌が握り潰したハンドグリップは、「ナンバー4」という設定にされていた。
閉じるのに必要な握力は実に、166s。世界でも閉じることが出来るのは極僅かしかいない。
少なくとも、市販されているハンドグリップの中では最強の状態のモノなのだ。
それを、18歳の女の子がいとも簡単に握り潰してしまったのである。
勿論、間塚を含め、このジムに「ナンバー4」を閉じられる者など居ない。

その後、測った垂直跳びは測定不能だった。
ただでさえ身長が2mを超す上に手を伸ばせば3m近くなる萌。その時点で天井まで残り2mも無い。
ビア樽のような太腿から発せられるジャンプ力は、182sの萌の巨体を2m押し上げるぐらいは容易だった。

「体操競技って書いてたけど、もしかして・・・」
「はい! ムーンサルトぐらいなら楽勝です!」
182sの巨体でムーンサルトなど、聞いたことが無い。
だが、このジャンプ力を見せつけられては納得するしかなかった。

「コングマスクの華麗な空中技は私の憧れだったんです!」
萌が体操競技を学んだのは、その為だったのだ。

確かに現役時代、コングマスクは巨体に似合わず華麗な空中戦を得意としていた。
だが結果、それが膝への負担となり、引退を早めてしまったのだが・・・。

「レスリングも、プロレスで活かせると思ってやってたんですけど、出入り禁止になってしまったんです。
 本当はもっと自分で鍛えてからここに来るつもりをしてたんですけど、我慢出来なくなって・・・」
萌が言うには、通っていたレスリング部には女子部員が居らず、仕方なく男子を相手にしていたそうだ。
しかし、萌の巨体を相手に出来る者など居ようはずもなく・・・。

レスリング部、柔道部、果ては相撲部。
その全てで男子部員を悉く病院送りにしてしまい、運動部から永久追放になったのだった。

「やっぱり、素人相手じゃ物足りないんです! 私、もっとこう、全力でぶつかりたくて・・・。
 でも、プロの人たちならきっと、私と全力でやっても大丈夫だと思って、それで」
「その身体で、全力で・・・」
間塚は緊張からか、生唾をゴクリと飲み込んだ。

身長、体重、筋力、その全てで自分を遥かに上回る脅威の肉体を持つ少女。
自分が勝るのは経験のみ。しかし、だからといって素人相手に退くわけにはいかない。
膝を故障して引退した身とはいえ、スパーリングで胸を貸すぐらいは何てことはないだろう。

「よし、良いだろう! キッチリ受けてあげるから全力で向かって来なさい」
「はい! ありがとうございます!」
萌は喜びのあまり、その場で"全力で"跳び上がってしまった。

「きゃっ!」
萌は、ジャンプした拍子で"天井に"頭をぶつそうになった。
万歳の格好だったので当然、先に天井に手を付いたお陰で頭をぶつけることはなかったのだが・・・。

「・・・・・・・・」
凄まじいジャンプ力に、さすがの間塚も言葉が出ない。

「てへへ、すみません」
ペロッと舌を出して、萌はおどけて見せた。

「あの、リングに上がっても良いですか?」
「・・・あ、ああ」
呆気に取られる間塚を尻目に、萌は軽やかなジャンプでトップロープを超えてリングインした。

「・・・・・!?」
間塚は更に驚いた。

リングは普通、6m四方でマットの高さが1m。
ロープが40p間隔の高さで張ってあるので、トップロープの高さはマットからだいたい120p。

今、萌は"リング下"から一呼吸でトップロープを飛び越えた。
勿論、トップロープに手を掛けてはいたが、それでもゆうに2mは跳躍していることになる。
垂直跳びのような縦のジャンプではない、横に距離のあるジャンプ。

間塚の現役時代も、トップロープを一足飛びで越えるものは居た。
しかし、それはリングサイドからであって、リング下からではない。

間塚の知る限り、萌の肉体は間違いなくレスラーとしては最大級だ。
にも拘らず、アスリート並の瞬発力も兼ね備えている脅威の肉体。

間塚が感じる萌の威圧感は、今まで対戦したどんな大柄レスラーよりも上だった。
間塚は、真剣勝負でもないのに自分の手に脂汗が滲むのを感じた。緊張しているのだ。
だが、先達として、ここで退くわけにはいかない。

「お、思う存分、思い切りぶつかって来なさい」
「はい! 胸を借りるつもりで全力で行きます!」
萌の『全力』と言う言葉に生唾を飲み込んだ、その瞬間。

萌の体勢が一瞬、低くなったかと思うと、それが一気に『発射』された。
高速で射出されたロケット砲弾のようなタックルは、間塚に真正面から炸裂した。

ドゴォッッッ!!!

「うごぉぁぁぁっ!!」
それはまるで、例えるなら、ダンプカーに跳ね飛ばされるミニバイクのようだった。

間塚はあっという間にロープまで吹き飛び、ロープを目一杯しならせる。
プロレスのリングロープは、ワイヤーロープにゴムのカバーを被せたものなので実際はかなり固い。
しかし、余りの勢いにロープはまるで輪ゴムであるかのようにしなり、間塚を元の場所へと弾き返した。

ドゴムッ!!

「凄い! ロープの反動を利用してジャンピングヘッドバッドで反撃するなんてさすがです」
間塚の"反撃"を受け止めた萌は、暢気にそう言い放った。

間塚は、萌の爆乳の谷間に頭を突っ込む形でようやく運動エネルギーから解放された。
間塚の腕はダランと力なく垂れ下がり、身体全体を小刻みに痙攣させている。

「・・・ん、あれ? 間塚さん?」
萌はようやく、間塚が自分の胸の中でグッタリしているのに気付いた。

「あれ、間塚さん? 間塚さん!?」
胸の谷間から救い出された間塚は、白目をむいていた。
間塚は、萌の爆乳に挟まれる快感を味わうことなく失神していたのだ。


萌によって文字通り、病院に担ぎ込まれた間塚は全治一ヶ月と診断された。

「・・・す、すみません」
翌日、見舞いに来た萌が大きな身体を小さくして頭を下げていた。

「い、いや、ははは・・・」
憧れの人を怪我させてしまった萌。ズブの素人に一撃で病院送りにされた間塚。
二人ともバツが悪いのか、どちらもなかなか言葉が出て来ない。

「やっぱり、若い者には敵わない・・・ということか」
「いえ! そんなことありません! やっぱり、間塚さんは凄いです」

「凄い? この私が? ブランクがあるとはいえ、素人のお嬢さんに一発でノされたのに?
 ・・・ああ、いや、すまん。別に責めているわけじゃないんだ。ただ、自分が情けなくてね」
「そんなことないです! こんなことは自慢にはならないかもしれないんですけど、
 今まで私が病院送りにして来た人たちはこんな軽い怪我で済んだことないです」
間塚の怪我は、肋骨の骨折と脳震盪。肋骨も手術の必要は無く、二週間程度で退院出来るのだという。

萌が言うには、一番怪我が軽かった者でも全治三ヶ月。酷い者だと全治十二ヶ月の者も居たらしい。
加減していてもそうなってしまうのに、間塚は萌の全力に五体満足で耐えたのだ。
萌にとっては、それだけでも充分に凄いことなのだった。

「私は、間塚さんにプロレスを教わりたいんです!」
萌の真剣な眼差し。

「君が凄いのはわかったが・・・それでも、簡単な道じゃないよ?
 女の子一人で男子プロレス界に殴り込もうっていうんだ。一筋縄じゃないかない。
 時には、正攻法じゃない手段も取らないといけないだろう。それでも良いかい?」
「はい!!」
萌は即答した。

「これからもよろしくお願いします!」
そういって、萌は頭を下げた。


近い将来、一人の少女がプロレス界に旋風を巻き起こすのは間違いない。
間塚はそう、確信したのだった。


おわり





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